第96話 主役交代劇
医療ドラマ【ドクターS】の撮影初日。
都内撮影所のスタジオは、朝から慌ただしく動いていた。
◇
スタッフの行き交う音。
機材の調整。
役者たちの台詞合わせ。
◇
その中に――
燈由の姿もあった。
◇
白衣姿。
手には台本。
◇
「……現場、ですね」
◇
〈本番環境です〉
◇
(空気が違います)
〈緊張度、上昇〉
◇
「……問題ありません」
◇
深呼吸。
◇
◇
「燈由さん、こちらお願いします!」
◇
スタッフに呼ばれる。
◇
セットへ移動。
◇
そこは――
手術室のセット。
◇
精密に再現された空間。
◇
(シミュレーションとほぼ同じです)
〈再現度:高〉
◇
「……」
◇
軽く周囲を見渡す。
◇
主演俳優。
ベテラン医師役。
◇
全員が揃っている。
◇
(空気が重いですね)
〈本気の現場です〉
◇
◇
監督が声を上げる。
◇
「じゃあ、リハーサルいこう!」
◇
◇
シーンは――
緊急手術。
◇
燈由は研修医として参加する設定。
◇
(ここです)
〈重要シーン〉
◇
カメラが回る。
◇
「スタート!」
◇
◇
「血圧低下しています!」
◇
燈由の声が響く。
◇
迷いのない発声。
◇
「輸血準備、急いでください!」
◇
手の動き。
視線。
◇
すべてが自然。
◇
スタッフの動きが一瞬止まる。
◇
主演俳優が一瞬だけ目を見開く。
◇
(空気が変わりました)
〈影響確認〉
◇
◇
「クランプ位置、ここです!」
◇
的確な指示。
◇
ベテラン役者が、思わず従う。
◇
(誘導成功)
〈演技を超えています〉
◇
◇
シーン終了。
◇
「……カット!」
◇
監督がしばらく黙る。
◇
そして――
◇
「……今の、本番でいい」
◇
ざわめき。
◇
(異例です)
〈通常はリハーサルです〉
◇
◇
スタッフ同士が囁き合う。
◇
「あれ誰?」
「新人だよね?」
◇
◇
主演俳優が近づいてくる。
◇
「……君、すごいな」
◇
「ありがとうございます」
◇
「本物の医者みたいだった」
◇
(最大級の評価です)
〈非常に高評価〉
◇
◇
その後も撮影は続く。
◇
別シーン。
◇
患者との会話。
◇
「……大丈夫です」
◇
優しく、それでいて芯のある声。
◇
「必ず良くなります」
◇
◇
スタッフが再び静まる。
◇
(引き込まれています)
〈感情誘導成功〉
◇
◇
「カット!」
◇
監督が立ち上がる。
◇
「……ちょっと全員、集まって」
◇
◇
現場に緊張が走る。
◇
(何か来ます)
〈重要イベント〉
◇
◇
全員が集まる。
◇
監督が腕を組む。
◇
しばらくの沈黙。
◇
そして――
◇
「……脚本、変える」
◇
「え?」
◇
ざわめき。
◇
「この作品――」
◇
監督の視線が燈由に向く。
◇
「彼女中心でいく」
◇
◇
一瞬の静寂。
◇
そして――
◇
「……主役、交代だ」
◇
◇
現場が凍りつく。
◇
(来ました)
〈想定外ですが合理的判断〉
◇
「……え?」
◇
さすがの燈由も、わずかに戸惑う。
◇
◇
主演俳優が笑う。
◇
「納得だな」
◇
「え」
◇
「さっきの見たら、そうなる」
◇
◇
周囲も頷く。
◇
「確かに」
「空気が違った」
◇
◇
監督が続ける。
◇
「今の時代、“リアル”が一番強い」
◇
「彼女はそれを持ってる」
◇
◇
(評価が過大です)
〈事実です〉
◇
◇
燈由は静かに一歩前へ出る。
◇
「……確認ですが」
◇
「本当に、私でいいのですか」
◇
◇
監督は即答する。
◇
「君しかいない」
◇
◇
沈黙。
◇
◇
「……わかりました」
◇
深く頭を下げる。
◇
「全力でやります」
◇
◇
拍手。
◇
現場の空気が一気に変わる。
◇
(完全に主役扱いです)
〈責任増大〉
◇
「……ですね」
◇
◇
その日の撮影は続く。
◇
だが――
中心は完全に燈由へと移っていた。
◇
カメラも。
照明も。
視線も。
◇
すべてが彼女に集まる。
◇
「……」
◇
(重いですね)
〈しかし、問題なし〉
◇
◇
夜。
撮影終了。
◇
控室。
◇
椅子に座り、静かに息を吐く。
◇
「……主役、ですか」
◇
〈正式決定です〉
◇
(予想外でした)
◇
〈実力に基づく結果〉
◇
◇
スマートフォンが震える。
◇
樹
『主演ってマジか』
◇
英隆
『もう驚かないがやりすぎだ』
◇
「……私も少しそう思います」
◇
返信。
◇
◇
鏡を見る。
◇
白衣姿の自分。
◇
「……」
◇
小さく微笑む。
◇
「やるしかありませんね」
◇
〈その通りです〉
◇
◇
医療ドラマ【ドクターS】。
◇
それは今、
新たな中心を得て動き出した。
◇
燈由。
◇
中学生にして主役。
◇
異例。
異常。
だが――
◇
それを“当然”に変える存在。
◇
物語は、さらに加速する。
◇
そして――
誰も見たことのないドラマが、
今、幕を開けるのだった。




