第95話 手術訓練録
医療ドラマ【ドクターS】の撮影開始まで、残り一週間。
燈由は、自室の机に台本と資料を山のように積み上げていた。
◇
「……量が多いですね」
◇
〈医療分野の特性です〉
◇
(覚えきれるでしょうか)
〈記憶補助を行います〉
◇
「お願いします」
◇
◇
今回の役は研修医。
それも、物語の中心に関わる重要人物。
◇
ただ“それらしく”では通用しない。
◇
リアルさ。
説得力。
◇
それが求められている。
◇
「……やるしかありませんね」
◇
〈全面支援します〉
◇
◇
机の上にタブレットを置く。
画面が光る。
◇
そこに表示されるのは――
医療シミュレーションプログラム。
◇
「……ここまでやるんですね」
◇
〈実践レベルの再現です〉
◇
(ドラマですよね?)
〈リアリティ追求です〉
◇
◇
画面に表示されるのは仮想患者。
◇
心拍。
血圧。
各種データ。
◇
「……」
◇
〈シナリオ開始〉
◇
「了解です」
◇
◇
――緊急手術。
◇
設定が提示される。
◇
急性腹症。
出血。
時間制限あり。
◇
(いきなり難易度が高いですね)
〈初期テストとして適切です〉
◇
「……やります」
◇
◇
仮想空間内。
◇
メスを持つ。
◇
(手順を)
〈提示します〉
◇
切開。
◇
「……ここです」
◇
血流の再現。
◇
(リアルです)
〈精密再現〉
◇
◇
次の工程。
◇
止血。
◇
「……クランプ」
◇
〈位置修正〉
◇
(ありがとうございます)
◇
◇
手術は進む。
◇
だが――
◇
アラーム。
◇
心拍低下。
◇
「……!」
◇
(どうしますか)
〈選択肢提示〉
◇
複数の対応策。
◇
瞬時の判断。
◇
「……これです」
◇
処置。
◇
数秒後――
◇
心拍回復。
◇
「……成功ですか」
◇
〈成功判定〉
◇
◇
シミュレーション終了。
◇
現実に戻る。
◇
「……疲れました」
◇
〈脳負荷、高〉
◇
(予想以上です)
◇
◇
椅子にもたれる。
◇
「……医師って大変ですね」
◇
〈責任重大です〉
◇
「……軽い気持ちでは演じられません」
◇
〈その認識は重要です〉
◇
◇
休憩後。
◇
再開。
◇
「もう一度」
◇
〈シナリオ変更〉
◇
今度は別ケース。
◇
外傷。
◇
骨折。
内出血。
◇
(バリエーション豊富ですね)
〈実践に近づけています〉
◇
◇
何度も繰り返す。
◇
ミス。
修正。
改善。
◇
「……少しずつ」
◇
〈習熟しています〉
◇
「形になってきました」
◇
◇
夜。
◇
すでに外は暗い。
◇
だが――
燈由はまだ机に向かっている。
◇
「……次は台詞ですね」
◇
〈医療用語の発声練習を開始〉
◇
「お願いします」
◇
◇
「バイタルサイン安定」
「輸血準備」
「血圧低下――対応を」
◇
繰り返す。
◇
滑らかになるまで。
◇
「……」
◇
(少しは医者らしくなりましたか)
〈十分に近づいています〉
◇
◇
そのとき。
スマートフォンが震える。
◇
樹
『何してる』
◇
英隆
『勉強中か』
◇
「医療訓練です」
◇
返信。
◇
『ガチすぎるだろ』
『もう医者になれるな』
◇
「……なりません」
◇
(役です)
〈重要〉
◇
◇
再び机に向かう。
◇
「……続けます」
◇
〈了解〉
◇
◇
新たなシミュレーション。
◇
より難易度が上がる。
◇
判断。
処置。
責任。
◇
すべてを背負う。
◇
「……」
◇
だが――
迷いはない。
◇
積み重ねてきた経験。
◇
フランスでの挑戦。
◇
様々な舞台。
◇
それらすべてが、今ここに繋がっている。
◇
「……できます」
◇
〈その通りです〉
◇
◇
深夜。
◇
ようやく手を止める。
◇
「……今日はここまでです」
◇
〈十分な進捗です〉
◇
ベッドに倒れ込む。
◇
「……」
◇
目を閉じる。
◇
「……必ず」
◇
小さく呟く。
◇
「いい演技にします」
◇
〈成功確率、高〉
◇
◇
医療ドラマ【ドクターS】。
◇
それは、燈由にとって
新たな試練であり――
◇
大きな飛躍の舞台。
◇
そしてその裏では、
誰にも見えない努力が積み重なっている。
◇
静かな夜の中。
◇
次なる挑戦へ向けて、
彼女は確実に進んでいた。
◇
物語は、さらに深く。
◇
そして――
より高みへと続いていく。




