第93話 医療挑戦譚
東京に帰国して三日目。
燈由は、久しぶりの自室で静かに朝を迎えていた。
◇
「……落ち着きますね」
◇
〈環境適応、完了しています〉
◇
(数日で慣れるのもどうかと思いますが)
〈マスターの適応能力は高いです〉
◇
ベッドから起き上がり、軽く伸びをする。
◇
フランスでの出来事が、まるで夢のように思える。
だが――
スマートフォンの通知が、それを現実に引き戻した。
◇
「……多いですね」
◇
〈未確認通知、三桁〉
◇
「後回しにします」
◇
◇
そのとき。
着信。
◇
表示された名前は――
容子だった。
◇
「おはようございます」
◇
『おはよう、燈由ちゃん!帰国したばかりで悪いんだけど――』
◇
(嫌な予感です)
〈高確率で仕事です〉
◇
『オーディション、受けてみない?』
◇
「……オーディション?」
◇
『医療ドラマのね』
◇
(来ました)
〈新規案件〉
◇
「内容を聞いてもいいですか」
◇
◇
◇
数十分後。
◇
芸能事務所の会議室。
◇
資料が机に広げられている。
◇
「今回の作品は、本格医療ドラマ」
◇
「若手医師の群像劇よ」
◇
(難易度が高そうです)
〈専門知識が必要〉
◇
「燈由ちゃんに来てるのは――」
◇
「研修医役」
◇
「……医者ですか」
◇
(責任重大です)
〈演技難易度:高〉
◇
容子が続ける。
◇
「ただし、この役――」
◇
「かなり重要ポジション」
◇
「主演に近いわ」
◇
(規模が大きいですね)
〈キャリアへの影響大〉
◇
「受けますか?」
◇
◇
一瞬の沈黙。
◇
燈由は、ゆっくりと資料を閉じる。
◇
「……受けます」
◇
◇
◇
オーディション当日。
◇
会場――
都内某所のスタジオ。
◇
すでに多くの役者が集まっていた。
◇
(競争率、高そうです)
〈参加者数、多数〉
◇
「……問題ありません」
◇
受付を済ませ、控室へ。
◇
周囲の空気は張り詰めている。
◇
(緊張していますね、周囲が)
〈マスターは安定しています〉
◇
「平常運転です」
◇
◇
そのとき。
◇
「……あれ?」
◇
見覚えのある顔。
◇
「燈由ちゃん?」
◇
「……お久しぶりです」
◇
以前共演した役者。
◇
「この役、狙ってるの?」
◇
「はい」
◇
「そっか……強敵だなあ」
◇
(敵認定されました)
〈事実です〉
◇
◇
名前が呼ばれる。
◇
「次、燈由さん」
◇
◇
スタジオへ。
◇
審査員が並ぶ。
◇
監督、プロデューサー、脚本家。
◇
(本格的です)
〈重要案件〉
◇
「では、始めてください」
◇
◇
与えられたシーン。
◇
新人医師が、初めて命と向き合う場面。
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(重いですね)
〈感情表現が鍵〉
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「……」
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目を閉じる。
◇
呼吸を整える。
◇
そして――
◇
開く。
◇
◇
「……大丈夫です」
◇
静かな声。
◇
「必ず、助けます」
◇
◇
空気が変わる。
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震え。
迷い。
それでも前に進む意志。
◇
全てを乗せる。
◇
◇
「……」
◇
演技が終わる。
◇
沈黙。
◇
(手応えは)
〈良好です〉
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審査員の一人が口を開く。
◇
「……中学生とは思えないね」
◇
「ありがとうございます」
◇
「医療知識は?」
◇
「勉強中です」
◇
(まだです)
〈これから補完可能〉
◇
「なるほど」
◇
◇
退出。
◇
控室に戻る。
◇
「……終わりました」
◇
〈高評価の可能性〉
◇
「結果次第です」
◇
◇
夕方。
◇
帰り道。
◇
空を見上げる。
◇
「……」
◇
(どうでしょう)
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〈五分以上の確率で合格〉
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「高いのか低いのか微妙ですね」
◇
◇
スマートフォンが震える。
◇
樹
『またオーディションか』
◇
英隆
『今度は何だ』
◇
「医療ドラマです」
◇
返信。
◇
すぐに既読。
◇
『医者やるのか』
『似合うな』
◇
「……そうですか?」
◇
(どういう基準でしょう)
〈不明です〉
◇
◇
夜。
自室。
◇
ベッドに座る。
◇
「……」
◇
少しだけ考える。
◇
命を扱う役。
◇
責任。
重み。
◇
「……やりがいはありそうです」
◇
〈同意します〉
◇
「もし受かったら」
◇
「全力でやります」
◇
〈当然です〉
◇
小さく笑う。
◇
新しい挑戦。
◇
それはいつも突然やってくる。
◇
だが――
燈由は、それを迷わず受け入れる。
◇
そして――
次のステージへ。
◇
物語は、さらに広がっていくのだった。




