第92話 仏校最終章
フランス滞在十日目。
燈由の留学生活は、いよいよ終盤へと差し掛かっていた。
◇
朝。
寮の窓から差し込む光が、やけに柔らかく感じられる。
◇
「……少し、名残惜しいですね」
◇
〈環境への愛着が形成されています〉
◇
(合理的ではない感情です)
〈ですが自然な現象です〉
◇
「……そういうものですか」
小さく息を吐く。
◇
◇
食堂へ向かうと、いつも以上に賑やかだった。
◇
「おはよう!」
「今日、発表だよね!」
◇
(発表?)
〈本日、最終交流イベントが予定されています〉
◇
「……聞いていません」
◇
〈昨日通知が来ています〉
◇
(見ていませんでした)
◇
◇
内容は――
「成果発表会」。
◇
留学生としての経験、学び、交流の総まとめ。
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「……最終試験みたいですね」
◇
〈総括イベントです〉
◇
◇
午前。
準備時間。
◇
教室で一人、資料を確認する燈由。
◇
(何を話すべきでしょう)
◇
〈事実と分析を中心に〉
◇
(それだと硬すぎます)
◇
〈感情要素を追加してください〉
◇
(難易度が上がりました)
◇
◇
そのとき。
◇
「調子はどうだ?」
◇
ルイ・アルベールが現れる。
◇
「準備中です」
◇
「君なら問題ない」
◇
(根拠のない信頼ですね)
〈実績に基づいています〉
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「……ありがとうございます」
◇
「楽しみにしている」
◇
そう言って去っていく。
◇
◇
午後。
講堂。
◇
満席。
◇
(最後までこれですか)
〈注目度は維持されています〉
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順番に発表が進む。
◇
そして――
◇
「次は、日本からの交換留学生」
◇
「燈由」
◇
拍手。
◇
壇上へ。
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マイクを握る。
◇
「……」
一瞬、静寂。
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(緊張は)
〈ほぼゼロです〉
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(助かります)
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「……今回の留学で」
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話し始める。
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「多くのことを学びました」
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言葉を選びながら。
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「文化の違い」
「考え方の違い」
「そして――共通点」
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観客が静かに聞き入る。
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「最初は戸惑いましたが」
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「今は、それが面白いと感じています」
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(いい感じです)
〈評価、良好〉
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「人は違うからこそ」
「理解し合う価値がある」
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少しだけ間を置く。
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「そう思いました」
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静寂。
◇
そして――
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大きな拍手。
◇
(成功です)
〈高評価確定〉
◇
◇
発表終了後。
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舞台裏。
◇
「……終わりました」
◇
〈任務完了〉
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そのとき。
◇
「素晴らしかった」
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振り向くと、教師たち。
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「ありがとう」
◇
「いえ」
◇
◇
さらに――
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生徒たちが次々と集まる。
◇
「本当に来てくれてありがとう!」
「また絶対来て!」
◇
(名残惜しいですね)
〈同意します〉
◇
「……はい」
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短く答える。
◇
◇
夕方。
校門前。
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帰りの準備。
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スーツケース。
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そして――
見送りの人だかり。
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「気をつけて!」
「またね!」
◇
「……ありがとうございます」
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ルイ・アルベールもいる。
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「次は負けない」
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「楽しみにしています」
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握手。
◇
◇
車に乗り込む。
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窓の外。
手を振る人々。
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「……」
◇
(終わりましたね)
〈はい〉
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「……少し」
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言葉を探す。
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「寂しいです」
◇
〈正常な感情です〉
◇
◇
空港。
◇
手続き。
搭乗。
◇
そして――
飛行機が離陸する。
◇
窓の外。
フランスの大地が遠ざかる。
◇
「……また来ます」
小さく呟く。
◇
〈その可能性は高いです〉
◇
(ですね)
◇
◇
数時間後。
◇
東京。
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見慣れた風景。
◇
「……戻りました」
◇
〈帰還確認〉
◇
その瞬間。
スマートフォンが震える。
◇
樹
『帰ってきたか』
◇
英隆
『話は山ほどあるだろ』
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「……ありますね」
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小さく笑う。
◇
◇
フランスでの経験。
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それは確実に、燈由を変えていた。
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視野。
思考。
そして――
可能性。
◇
「……次は」
◇
〈次の行動を提案します〉
◇
(お願いします)
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新しい日常。
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だがその中には、確かに“非日常”が残っている。
◇
そして――
その中心にいるのは、やはり彼女。
◇
燈由の物語は、
まだ終わらない。
◇
むしろ――
ここからが本当の始まりなのだった。




