第86話 逆転の証言
夜。
東京の街にネオンが灯り始める頃。
テレビの前では、多くの視聴者が同じ番組に注目していた。
――春の話題作、法廷ドラマ。
そしてその中心にいるのは、
新人弁護士を演じる燈由。
◇
今回放送されるのは、第六話。
物語の中盤に差し掛かり、これまでの伏線が一気に収束し始める重要回だ。
テーマは――
「偽りの証言」。
◇
事件は、一件の業務上過失致死。
建設現場で起きた事故により、一人の作業員が命を落とした。
責任を問われているのは現場責任者。
だが、状況証拠は限りなく黒に近い。
◇
「……厳しいですね」
テレビの中で、燈由演じる新人弁護士が呟く。
その表情は冷静だが、内には葛藤が見える。
◇
証拠は揃っている。
証言も一致している。
それでも――
どこかに違和感がある。
◇
「このままでは、有罪になります」
先輩弁護士が淡々と言う。
「……はい」
短く返す燈由。
◇
だがその目は、諦めていなかった。
◇
場面は切り替わる。
夜の事務所。
机の上に並べられた資料。
何度も読み返された形跡。
◇
「……何か、おかしい」
ぽつりと呟く。
◇
そこから始まる、違和感の追跡。
証言の細かなズレ。
時間の不一致。
記録の微妙な誤差。
◇
「この証言……」
ページをめくる手が止まる。
◇
「一致しすぎている」
◇
翌日。
法廷。
重苦しい空気の中、審理が進む。
◇
「証人、証言をお願いします」
証人が淡々と語る。
事故当時の状況。
責任者の指示。
すべてが一貫している。
◇
「……」
静かに聞く燈由。
◇
そして――
「異議があります」
その一言で、空気が変わる。
◇
「その証言には、不自然な点があります」
◇
証人がわずかに動揺する。
◇
「あなたの証言は正確すぎる」
「……何を言っているんですか」
◇
「通常、人の記憶は曖昧です」
「ですがあなたの証言には、揺らぎがない」
◇
間。
◇
「まるで――」
◇
「用意されたもののようだ」
◇
ざわめき。
◇
「異議あり!」
検察側が立ち上がる。
「憶測に過ぎません!」
◇
「いいえ」
燈由は一歩踏み出す。
◇
「証拠があります」
◇
提示される新資料。
それは――
証人の過去の証言記録。
◇
「こちらをご覧ください」
◇
映し出される内容。
わずかながら、表現が違う。
だが――
今の証言と、ほぼ同一。
◇
「……これは」
◇
「あなたは“覚えている”のではなく」
◇
「“覚えさせられている”のではありませんか?」
◇
静寂。
◇
証人の表情が崩れる。
◇
「違う……私は……」
声が震える。
◇
「誰に指示されたんですか?」
◇
その一言で――
均衡が崩れる。
◇
証人は沈黙し、やがて――
すべてを語り始める。
◇
裏で動いていた存在。
責任を押し付けるための計画。
仕組まれた証言。
◇
法廷の空気が一変する。
◇
被告は無実。
真犯人は別にいる。
◇
「……以上です」
最後の言葉。
◇
沈黙。
そして――
大きなどよめき。
◇
場面は切り替わる。
夕暮れの事務所。
◇
「よくやったな」
先輩弁護士が言う。
「いえ、まだです」
燈由。
◇
「真相は、まだ完全ではありません」
◇
その目は、次を見据えていた。
◇
画面がフェードアウト。
次回予告。
◇
新たな証拠。
新たな敵。
そして――
より大きな陰謀の気配。
◇
エンディングテーマが流れる。
◇
――放送終了。
◇
同じ頃。
星城学園の寮室。
◇
「……」
テレビを見終えた燈由は、静かにリモコンを置いた。
◇
〈マスター、演技評価を表示します〉
イリスの文字が浮かぶ。
◇
(不要です)
〈高評価です〉
◇
「……そうですか」
小さく呟く。
◇
スマートフォンが震える。
通知。
◇
樹。
『今回やばいな』
◇
続いて、
英隆。
『完全に主役だったな』
◇
「……」
少しだけ、口元が緩む。
◇
『でも』
『やっぱり普段とのギャップがひどい』
◇
「余計です」
即ツッコミ。
◇
夜は更けていく。
◇
だが物語は終わらない。
ドラマの中でも、
そして現実でも。
◇
燈由の挑戦は、
まだ始まったばかりなのだから。




