第83話 高級返礼騒動
三月十四日。
東京郊外の名門、星城学園中等部は、いつもと違うざわめきに包まれていた。
バレンタインが「もらう日」ならば、今日は「返す日」。
ホワイトデーである。
そして、その中心にいるのは――
燈由。
二年生。
冷静沈着、成績優秀、生徒会を三度断った変わり者。
そして現在。
彼女は、人生最大級の困惑に直面していた。
◇
「……これは、どういうことですか」
机の上。
置かれているのは、小箱。
いや、小箱というには大きい。
重厚な包装。
上質なリボン。
明らかに「普通の中学生が渡すもの」ではない。
その横に立つ二人。
綾小路 英隆。
近衛 樹。
どちらも満足げな顔。
◇
「ホワイトデーの返礼だ」
英隆。
「ちゃんと約束守っただろ?」
樹。
◇
思い出される一か月前。
“期限付き労働”と引き換えに渡した、星型のチョコ。
確かに渡した。
確かに「返礼は不要です」と言ったはずだった。
◇
「不要だと言いましたよね?」
冷静に確認する燈由。
「聞いたな」
英隆。
「でも無視した」
樹。
堂々としている。
◇
「なぜですか」
「釣り合いが取れない」
英隆。
「安すぎる」
樹。
◇
「いや、普通の手作りチョコですけど」
「違う」
英隆が首を横に振る。
「あれは“選ばれた証”だ」
「言い方やめてください」
◇
周囲の女子がざわつく。
「あの二人、何渡したの……?」
「箱のサイズおかしくない?」
◇
「開けてみてくれ」
樹が促す。
「嫌な予感しかしません」
それでも、燈由は慎重にリボンをほどく。
箱を開ける。
◇
沈黙。
「……は?」
中に入っていたのは。
宝石のように美しいチョコレート。
いや、それだけではない。
さらに下の段。
高級ブランドの小物。
「ちょっと待ってください」
思考停止。
◇
「高級店の限定品だ」
英隆。
「あとおまけ」
樹。
「おまけのレベルじゃないです」
即答。
◇
「金額、いくらですか」
「気にするな」
英隆。
「気にしてください!」
◇
燈由は額を押さえる。
「これ、受け取れません」
「なぜだ」
「重すぎます」
「軽いぞ」
「そういう意味じゃないです!」
◇
「じゃあ返品か?」
樹。
「返品って……」
「困る」
英隆が即答。
「困るんですか」
「手続きが面倒だ」
「理由が現実的すぎます」
◇
「なら交換だ」
樹。
「何とですか」
「もう一個チョコ」
「増えてますよね?」
◇
周囲がクスクス笑う。
「結局それか」
「くれくれだ」
◇
「先輩方」
燈由は深く息を吐く。
「これ、完全にやりすぎです」
「そうか?」
英隆。
「かなり抑えたぞ」
樹。
「基準がおかしいです」
◇
しばし沈黙。
そして。
「……分かりました」
燈由が顔を上げる。
「条件付きで受け取ります」
「条件?」
二人同時。
◇
「今後、こういう高額返礼は禁止」
「む」
「次回からは常識の範囲内」
「常識か……」
考え込む英隆。
「あと」
にこり。
「おやつを勝手に取らない」
「それまだ続くのか」
樹が苦笑。
◇
「守れるなら受け取ります」
「……了承した」
英隆。
「まあ、それくらいなら」
樹。
◇
「本当ですね?」
「約束だ」
「じゃあ受け取ります」
◇
周囲からため息。
「あれ受け取るんだ……」
「羨ましいけど怖い」
◇
放課後。
校門前。
夕焼けの東京。
「本当に良かったのか?」
樹。
「良くはないです」
即答。
「ただ」
少しだけ視線を逸らす燈由。
「気持ちは、ありがたいので」
◇
「そうか」
英隆が小さく頷く。
「じゃあ来年はもっと――」
「やめてください」
即遮断。
◇
「常識の範囲内で」
「努力する」
英隆。
「多分無理」
樹。
「無理でもやってください」
◇
こうして。
星城学園中等部のホワイトデーは、一人の後輩を困惑させる形で幕を閉じた。
なお翌日。
燈由がそのチョコをクラスで配ったところ、
「何それ高級すぎる!」
と大騒ぎになったのは、また別の話である。
そして二人は懲りずに言うのだ。
「来年もチョコくれ」
と。




