第82話 逆指名甘戦
二月十四日。
東京郊外の名門、星城学園中等部は、朝から甘い匂いに包まれていた。
三年A組。
窓際に立つのは、
綾小路 英隆。
そしてその隣で紙袋を軽々と持ち上げているのが、
近衛 樹。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、そして実家は桁が違う。
当然のように机はチョコで埋まっている。
「四十二」
淡々と数える英隆。
「今年も豊作だな」
樹が笑う。
だが。
二人の視線は、同じ方向を向いていた。
廊下の先。
本を静かに読んでいる二年生――燈由。
◇
「今年も来ないな」
樹がぼそり。
「ああ」
英隆の目が細まる。
燈由は、生徒会からの推薦を三度断った変わり者だ。
成績は常に上位。
人望もある。
だが権威に興味なし。
それが面白い。
そして――
「我々にチョコを渡さない」
英隆が低く言う。
「山ほどもらってるだろ俺たち」
「量の問題ではない」
真顔。
◇
昼休み。
二人は堂々と二年生フロアへ。
ざわつく後輩たち。
「あ、綾小路先輩と近衛先輩……」
「誰かに本命?」
違う。
目標は一人。
◇
「燈由」
本から顔を上げる。
「先輩方」
冷静。
「単刀直入に言う」
英隆。
「なぜ我々にチョコを渡さない」
直球。
周囲が凍る。
◇
「……十分もらっているのでは?」
正論。
「それは一般枠だ」
英隆。
「俺たちは特別枠が欲しい」
樹。
「意味が分かりません」
◇
「君は生徒会を断った」
英隆。
「普通は名誉を取る」
樹。
「だが君は選ばなかった」
「だから?」
「だから我々を選べ」
どや顔。
◇
「何の話ですか」
完全に冷静な燈由。
「簡単に言えば」
樹が身を乗り出す。
「俺たちにだけ渡してほしい」
「逆指名です」
英隆。
◇
教室がざわつく。
「何その公開圧力」
「ずるい」
◇
燈由は腕を組む。
「先輩方、あと一か月で卒業ですよね」
「そうだ」
「だから一年間雑用、とか無理です」
先回りされた。
「……ならば」
英隆が考える。
「期限付きでどうだ」
「期限?」
◇
「卒業式までの一か月」
英隆。
「その間、君の雑務を引き受ける」
樹。
「図書室の本運び、プリント整理、買い出し」
「そして」
「おやつは取らない」
小声の樹。
「重要です」
燈由即答。
◇
「その代わり」
英隆が続ける。
「一つだけ、我々専用チョコを」
真顔。
「専用って」
「名前入りでも可」
「調子に乗らないでください」
◇
放課後。
二人は図書室で本を運び。
職員室へプリントを届け。
購買で大量のノートを買う。
「俺たち何してるんだ」
樹が息を吐く。
「戦略的アプローチだ」
英隆は涼しい顔。
◇
三日後。
校門前。
「期限付き労働、合格です」
燈由が小箱を差し出す。
「本当にくれるのか」
「約束ですから」
◇
開封。
星型のチョコ。
中央に小さく二つの印。
H と T。
「イニシャルか」
英隆。
「専用感あるな」
樹。
「これで満足ですか?」
◇
一口。
甘い。
そして妙に達成感。
「悪くない」
「来年も欲しいな」
「来年はいませんよね?」
正論。
◇
ざわつく後輩たち。
「あの二人が条件付きで……」
「特別扱い……?」
◇
帰り道。
夕焼けの東京。
「卒業前に面白い思い出ができたな」
樹。
「ああ」
英隆が小さく笑う。
前を歩く燈由が振り返る。
「高校生になっても、あまり調子に乗らないでくださいね」
「善処する」
「努力はする!」
◇
こうして。
チョコ貰い放題の三年生、
綾小路 英隆と近衛 樹は、
卒業までの期限付き労働と引き換えに、たった一つの“専用チョコ”を勝ち取った。
なお翌日も普通に三十個以上もらっていたが、
なぜかその一箱だけは、別格扱いだったという。




