第78話 年末暴走曲
十二月二十八日。
世間は完全に師走モード。
だが鎌倉の我が家スタジオでは、なぜか“運動会前夜”みたいな空気が漂っていた。
原因は――大掃除。
「なんで機材がこんなにあるの!?」
私は床に座り込んだ。
ケーブル、ケーブル、ケーブル。
どれも黒。
全部同じ顔。
「イリス、これ何本ある?」
〈視認範囲で百二十七本〉
「数えるな!」
〈正確性が求められると判断〉
求めてない。
◇
きっかけは容子さんの一言だった。
『年明けに取材が入るから、スタジオ片付けておいてね』
軽い。
あまりにも軽い。
だが現実は重い。
私はゴミ袋を手に立ち上がる。
「断捨離だ」
〈三年前の未使用サンプル音源、四百八十二個〉
「それ言わなくていい!」
◇
そこへ電話。
相手は高瀬美玲。
「ひよりちゃん、今日ヒマ?」
「大掃除」
「手伝い行く!」
十分後。
三人組全員襲来。
篠宮理央は軍手装備、
白石乃愛はなぜか雑巾を二枚持参。
「年末イベントだよ!」
違う。
これは戦場だ。
◇
掃除開始。
まずは机の引き出し。
出てくる譜面。
没タイトル。
謎の歌詞。
「“世界はだいたい丸い”って何?」
篠宮理央が読み上げる。
「黒歴史!」
〈作成年月日、二年前〉
「データ参照禁止!」
◇
次はクローゼット。
段ボールの山。
開封。
中からサンタ帽。
トナカイの角。
謎の全身タイツ。
「これ何?」
「去年のクリスマス動画企画」
〈再生数、低迷〉
「言わなくていい!」
白石乃愛がサンタ帽をかぶる。
「メリー年末!」
間違っている。
◇
そんな中、容子さん登場。
「進んでる?」
部屋を見渡し、沈黙。
床にケーブルの山。
サンタ三人。
私、段ボールの中。
「……年越し合宿?」
「違います」
◇
大掃除は夜まで続いた。
結果。
ケーブルは百二十七本から百二十七本へ。
減ってない。
「なんで!?」
〈必要性を再評価した結果、全保持〉
「評価するな!」
◇
十二月三十一日。
年越し。
鎌倉の神社へ初詣――ではなく“年越し詣”。
三人組と容子さんと私。
屋台の匂い。
寒い。
「ひよりちゃん、来年の目標は?」
高瀬美玲が聞く。
「暴走しない」
〈困難〉
「即否定!?」
◇
カウントダウン。
十。
九。
八。
私は手を合わせる。
来年も曲が書けますように。
三。
二。
一。
あけまして――
その瞬間。
私のスマホが鳴る。
通知。
容子さんが覗く。
「新年一発目、タイアップ決定」
早い。
早すぎる。
「ジャンルは?」
「正月バラエティ用おもしろ曲」
沈黙。
私とイリス、同時に。
〈ギャグ枠〉
◇
元旦。
再びスタジオ。
餅をかじりながら作曲会議。
「正月っぽい音」
琴。
太鼓。
笛。
でもただ和風だと弱い。
「イリス、ギャグ要素」
〈予想外転調〉
「どういうこと」
イントロは雅。
突然テンポ二倍。
ラップ。
「お正月ラップ!?」
〈衝撃度高〉
私は吹き出す。
採用。
◇
三人が来る。
譜面を見る。
「なんでここでラップ?」
篠宮理央が笑う。
「燈由ちゃん壊れた?」
「年始だから!」
理由になっていない。
◇
練習開始。
“餅つけドン!”
“お年玉カモン!”
歌詞がひどい。
自覚はある。
だが妙に楽しい。
イリスが静かに言う。
〈笑顔発生率、過去最高〉
◇
リハーサル本番。
会場は横浜のテレビ局スタジオ。
スタッフが困惑。
「これ、本当にアイドル曲?」
容子さん即答。
「本気です」
◇
本番。
豪華セット。
門松。
巨大餅オブジェ。
イントロ雅。
観客しっとり。
突然ラップ。
会場爆笑。
“餅つけドン!”
手拍子。
“お年玉カモン!”
子供大歓声。
カオス。
私は舞台袖で崩れ落ちる。
「なんで成功してるの」
〈予測通り〉
◇
エンディング。
三人が息切れ。
観客スタンディング。
司会者が言う。
「今年一番笑った!」
まだ一月一日。
早い。
◇
帰り道。
鎌倉へ戻る車内。
私は天井を見る。
「なんか一年分の体力使った」
〈まだ一日目です〉
「聞きたくない」
◇
夜。
スタジオ。
静か。
私はキーボードに触れる。
ふと真面目な旋律が浮かぶ。
「師走も正月も、結局バタバタだね」
〈しかし楽しんでいます〉
確かに。
暴走気味。
でも笑っている。
私は小さく笑う。
「今年もよろしく、イリス」
〈こちらこそ、燈由〉
外では遠くで初詣帰りの声。
師走の大掃除も、正月ラップも、全部まとめて。
私たちの一年がまた走り出す。
今度はどんな暴走曲になるのか。
……できれば、ケーブルは増えませんように。




