第65話 新学期は二足どころか三足のわらじ!?
四月。
桜がやわらかく舞う東京の朝。
わたしは車の中で帽子を深くかぶり、サングラスを外した。
「よし、今日から本気の新学期。」
マネージャーさんがルームミラー越しに微笑む。
「ドラマの追加撮影、バラエティの打ち合わせ、それから雑誌の表紙確認。放課後は大丈夫?」
「たぶん……大丈夫。」
たぶん、が不安。
なぜなら、わたしは――
星城学園の中学二年生。
そして芸能界で活動するマルチタレント。
さらに。
インスタントダンジョンを使い、外の時間を止めてレベル上げしている少女でもある。
三足のわらじ。
いや、四足かもしれない。
〈マスター、睡眠時間の確保を推奨〉
頭の中でイリスが冷静に告げる。
「止まってる時間で寝るから大丈夫。」
〈理論上は可能ですが精神疲労は蓄積します〉
現実的。
◇
校門前。
星城学園の制服姿の生徒たちがざわつく。
「あ、テレビの子だ。」
「昨日ドラマ出てたよね?」
ひそひそ。
慣れてる。
でもやっぱりちょっと恥ずかしい。
わたしは芸能人である前に、中学生女子なのだ。
普通に廊下を歩きたい。
普通にパンを買いたい。
普通に……。
「やあ。」
その声で、普通が崩れる。
振り向く。
三年生の綾小路先輩。
そしてその隣に立つ近衛先輩。
この二人が揃うと、空気が引き締まる。
「改めて聞こう。」
綾小路先輩が穏やかに微笑む。
「生徒会に入らないか?」
「入りません。」
即答。
「即断だな。」
近衛先輩が腕を組む。
「だって忙しいんです。芸能活動もあるし。」
「承知している。」
「ならなぜ誘うんですか。」
「君が必要だからだ。」
さらっと言わないでほしい。
乙女心がぐらつく。
◇
その瞬間。
廊下の蛍光灯がチカチカと明滅した。
「あ、来た。」
生徒たちがざわつく。
最近頻発している“調光現象”。
いじめや強い感情の圧力が発生すると、なぜか校内の光が揺れる。
原因はおそらく、わたしが春休みにExtra難易度を解放したときの魔力残響。
外界に微妙に漏れた干渉。
完全にわたしのせいとは言い切れない。
けど、否定もできない。
〈感情波動上昇。二年廊下〉
イリスの声。
わたしは走る。
芸能人だけど、走る。
ヒールじゃなくてよかった。
◇
二年の廊下。
女子数人が一人を囲んでいる。
教科書が床に落ち、空気が重い。
そして蛍光灯がディスコ状態。
「ここクラブじゃないから!」
誰かが叫ぶ。
「ミラーボールどこ!?」
ない。
わたしは深呼吸する。
テレビ番組の生放送でトラブルが起きた時と同じ。
まずは空気を読む。
次に、空気を変える。
「やめよう。」
声は大きくない。
でも芯を通す。
光が一瞬強くなり、やがてやわらかく安定する。
囲んでいた子たちは目を伏せ、離れていく。
助けられた子が涙目で言う。
「テレビよりかっこよかった……。」
やめて。
今それ言うの反則。
◇
生徒会室。
紅茶の香り。
わたしはソファに座る。
「やはり必要だ。」
近衛先輩。
「君がいると現象が落ち着く。」
「照明係じゃないですよ?」
「否定はしない。」
「否定してください。」
綾小路先輩が笑う。
「肩書きが嫌なのだろう?」
「はい。」
芸能界では肩書きがつきまとう。
女優、モデル、タレント。
学園では、ただの二年生でいたい。
誰かの“役割”ではなく。
自分で動きたい。
◇
放課後。
わたしは校舎裏でそっとインスタントダンジョンを発動する。
世界が止まる。
桜の花びらが空中で静止。
転移。
氷の空間。
〈感情制御訓練を推奨〉
「了解。」
瞑想。
呼吸。
魔力の波を整える。
芸能界での緊張。
学園での視線。
生徒会からの圧。
全部を整理する。
わたしは強くなる。
拳だけじゃなく、心も。
◇
時間再開。
夜はドラマの収録。
ライトが当たる。
スポットライト。
学園の蛍光灯とは違う、プロの光。
「本番いきます!」
監督の声。
わたしは笑う。
演じる。
でも心の奥では思う。
学園の廊下でのあの一言のほうが、ずっと本気だった。
◇
翌日。
また軽い調光。
でもすぐに落ち着く。
わたしが近くにいるだけで、安定するらしい。
「やっぱ入らないか?」
校門前で綾小路先輩。
「入りません。」
きっぱり。
「理由は変わらないか。」
「はい。」
「だが協力は?」
近衛先輩。
「困ってる人がいたら動きます。それだけです。」
沈黙。
やがて綾小路先輩が微笑む。
「それでいい。」
「生徒会に属さずとも、君は君だ。」
胸が少し温かくなる。
◇
夕暮れの東京。
車に乗り込む。
窓の外、校舎の窓がオレンジ色に染まる。
今日はチカチカしない。
穏やかだ。
〈本日の選択、後悔なしと判断〉
イリスの声。
「うん。」
わたしは芸能人。
でもそれだけじゃない。
わたしは二年生の女子。
ちょっと時間を止められて。
ちょっと世界を明るくできるだけ。
生徒会には入らない。
でも逃げない。
肩書きに縛られない。
わたしはわたし。
新学期は、忙しくて、まぶしくて、少し騒がしい。
でもきっと。
この三足、いや四足のわらじで走り続ける。
ディスコにならない程度に、やわらかな光を灯しながら。




