第62話 凍てつく城郭にて
冬将軍が本気を見せた朝。
撮影隊はまだ薄暗い時間帯に長野県の松本城へ到着していた。
天守は白い息を吐くように霧をまとい、黒い外壁と雪の対比が際立っている。
ドラマ『白銀の守護者』第三話の山場。
雪中地震発生という設定だ。
私はコートを脱ぎ、衣装の防災ジャケットに袖を通す。
監督の東堂誠が近づいてきた。
「今日は感情を抑えめに。静かな強さだ。」
「はい。」
だが胸の奥では、別の緊張が渦巻いていた。
実際の防災網は、今も稼働している。
『マスター、気温低下に伴い石垣凍結指数上昇。』
イリスの声が響く。
「撮影優先区域と重なるか。」
『重複率三八%。安全確保が必要です。』
私は近衛樹に目配せする。
彼は即座に現地管理事務所と連絡を取った。
◇
午前九時。
カメラが回る。
「揺れだ! 避難誘導を!」
台詞を叫ぶ。
雪煙が舞う中、エキストラが走る。
だが足場は滑りやすい。
一人のスタッフが転倒した。
私は即座に駆け寄る。
「大丈夫ですか。」
幸い軽傷。
東堂誠が息を吐く。
「現実は甘くないな。」
「はい。だからこそ伝えたいんです。」
守るということの重さ。
◇
昼休憩。
天守を見上げながら温かい飲み物を口にする。
木村拓真が端末を操作している。
「本当に石垣の温度下がってるぞ。」
佐伯美咲が言う。
「撮影の熱源も影響してるかも。」
私はイリスに問う。
「補正は可能か。」
『可能です、マスター。局所加熱を抑制する配置に変更を。』
私は東堂誠へ提案する。
「照明位置を変更させてください。城壁への影響を減らせます。」
監督は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。
「安全優先だ。」
◇
午後。
吹雪が強まる。
撮影は佳境へ。
次のシーンは、主人公が城を背に決意を語る場面。
カメラが近づく。
雪が頬に当たる。
「守るのは石じゃない。そこに刻まれた時間だ。」
台詞を発した瞬間、強風が吹き荒れた。
スタッフが機材を押さえる。
『警告、突風。』
イリスの解析が走る。
私は即座に叫ぶ。
「撮影中断! 全員安全確保!」
指示は現実の防災訓練と同じだった。
近衛樹が動線を確保し、佐伯美咲が点呼を取る。
東堂誠が私を見る。
「君は本当に守る側だな。」
私は答える。
「それが目標ですから。」
◇
夕方。
吹雪は収まり、茜色の空が松本城を染める。
ラストカット。
天守を背に立つ私。
無言で前を見据える。
「カット!」
拍手が起きる。
だが私は振り返らない。
目の前に広がる城を見つめ続ける。
◇
その夜、宿舎。
『マスター、熊本城異常なし。姫路城正常稼働。』
「ありがとう。」
私はベッドに腰掛ける。
今日一日、演技と現実が交錯した。
ドラマのロケだが、城は本物だ。
守る責任も本物だ。
◇
翌日、移動。
次のロケ地は兵庫県の姫路城。
白鷺城と呼ばれる天守が、冬の空に凛と立つ。
東堂誠が言う。
「ここは象徴だ。気持ちを込めろ。」
私は頷く。
だがその直後、イリスが告げる。
『微弱振動検知。地盤解析開始。』
「撮影と重なるか。」
『はい、マスター。』
私は即断する。
「一時中断を。」
監督に事情を説明。
現地管理者と協議。
結果、問題なしと確認されるまで待機。
撮影は遅れた。
だが安全が最優先だ。
◇
再開。
城門を駆け抜けるシーン。
息が上がる。
冷気が肺を刺す。
だが足取りは止まらない。
カメラの向こうに未来を見る。
自衛官として立つ未来。
守る側として立つ未来。
◇
撮影終了後、東堂誠が肩を叩いた。
「君は俳優じゃない。」
「はい。」
「だが本物だ。」
その言葉に、胸が静かに熱くなる。
◇
星城学園へ戻った夜。
屋上に立つ。
冬の東京は澄みきっている。
『マスター。』
「何だ。」
『今日の行動評価、危機回避成功率一〇〇%。』
私は小さく笑う。
「ドラマより現実のほうが大事だ。」
だがドラマも無駄ではない。
守る意志を伝える手段。
文化と国を守る覚悟を示す舞台。
白銀のロケ地で、私は改めて誓った。
演じるだけでは終わらない。
本当に守る人間になる。
冬空の下、城郭は静かに佇む。
その姿を未来へ繋ぐために。
私は歩みを止めない。




