第60話 蒼天への進軍
冬の冷気が残る早朝、星城学園の屋上に立つ私は、遠く霞む東京の街並みを見下ろしていた。
文化財防災ネットワークは全国展開を終え、熊本城、姫路城、大阪城、松本城、名古屋城を中心に運用が本格化している。
だが、私は知っている。
これが終点ではない。
『マスター、緊急通知です。』
イリスの声が脳裏に響く。
「内容は。」
『北海道沿岸部で異常気象による暴風雪。対象候補、五稜郭及び周辺史跡。』
私は即座に校内通信を開く。
「緊急招集だ。」
◇
研究棟に集まったのは、木村拓真、佐伯美咲、綾小路英隆、近衛樹。
モニターに映し出される北海道の気象衛星画像。
暴風雪が急速に発達している。
「石垣凍結と積雪荷重が問題だな。」
木村拓真が分析する。
「観光客の避難誘導も必要。」
佐伯美咲が言う。
私は判断を下す。
「遠隔ドローンを即時展開。除雪優先区域を算出。」
『了解、マスター。』
イリスが雪荷重シミュレーションを開始する。
◇
同時刻、東京の防災庁舎。
桐生誠一はモニターを見つめていた。
「また彼らか。」
秘書官が小声で言う。
「対応が早すぎます。」
桐生誠一は静かに頷く。
「若さは武器だ。」
◇
暴風雪は五稜郭を包み込んだ。
積雪は想定値を超える。
『南西側土塁部、圧力上昇。』
「排雪ルート変更。」
遠隔指示が飛ぶ。
現地管理事務所と連携し、除雪車両が動く。
夜明け前、危険区域は解除された。
被害は最小限。
北海道知事の神谷隆宏が感謝の意を示す映像が、全国に流れる。
◇
星城学園の教室。
ニュースを見つめる生徒たち。
「すげえな……。」
誰かが呟く。
だが私は浮かれない。
守れたのは結果に過ぎない。
重要なのは、守り続ける体制だ。
◇
数日後、東京で国家防衛合同会議が開かれた。
文化財保護と国土防衛の融合計画。
私は特別参加者として席に着く。
軍服姿の幹部たち。
厳しい視線。
その中で、桐生誠一が紹介する。
「国家文化防災網の設計者だ。」
ざわめき。
一人の将官、黒田剛志が問う。
「将来はどうする。」
「自衛官になります。」
即答だった。
会場が静まる。
「技術だけでは守れない瞬間がある。その場に立つ人間になります。」
黒田剛志は一瞬だけ目を細め、頷いた。
「覚悟はあるようだな。」
◇
春が近づく頃、沖縄県の首里城で新たな実証計画が始動する。
過去の火災被害を教訓に、全天候型監視システムを導入。
湿度、温度、微粒子濃度を常時計測。
『マスター、異常値検知。』
イリスが警告する。
配線部の過熱。
即座に遮断。
未然に事故を防いだ。
沖縄県文化財保護課長の比嘉正人が深く頭を下げる。
「未来を守る若者に感謝します。」
◇
夜、星城学園の屋上。
風が強い。
遠くで救急車のサイレン。
『マスター、進路シミュレーション更新。防衛大学校合格確率九一%。』
「まだ甘いな。」
私は拳を握る。
文化財防災網は、いずれ国土防衛情報網へと発展する。
災害も侵略も、本質は同じだ。
守ること。
その意志。
◇
夏の終わり。
宮城県沖で大規模地震。
対象は仙台城。
緊急モード。
ドローン展開。
損傷解析。
『石垣東面亀裂拡大。』
「立入禁止措置、即時。」
近衛樹が警備ラインを指示。
佐伯美咲が避難誘導図を更新。
数時間後、余震。
だが人的被害はゼロ。
守れた。
また一つ。
◇
秋。
国家文化防災ネットワークは正式に「国家防衛文化基盤網」として再編される。
東京での記者会見。
桐生誠一が発表する。
「文化は国家の根幹。その防衛は国防と同義である。」
隣に立つ私は、強く胸を張る。
いつか制服を着る。
だが今は、技術で守る。
◇
夕焼けに染まる星城学園。
校舎の影が長く伸びる。
『マスター。』
「何だ。」
『あなたの道は明確です。守護者への進軍。』
私は空を見上げる。
蒼天が広がる。
文化財を守る少年は、やがて国家を守る防人となる。
その日まで。
技術を磨き、身体を鍛え、意志を強くする。
星城学園から始まった挑戦は、いま確実に未来へと繋がっている。
私は静かに呟いた。
「必ず守る。」
その言葉は風に乗り、蒼い空へと溶けていった。




