第56話 声優デビュー
SEIJOU NEXTのモデル撮影から一か月。
星城学園の校門前には、以前より明らかに取材クルーの姿が増えていた。大阪城ARと新ブランドの成功は、想像以上に波紋を広げている。
そんなある日の放課後。
生徒会室に、一本の電話が入った。
対応したのは近衛樹。
「はい、星城学園です……え? アニメ制作?」
室内の空気が変わる。
受話器の向こうは、東京都にあるアニメ制作会社、蒼天アニメーション代表の白石蓮。
用件は明確だった。
「大阪城ARプロジェクトを題材にしたオリジナルアニメを制作したい。その監修と、可能なら主要キャラクターの声を本人に担当してほしい。」
全員が、私を見る。
「……声?」
◇
数日後、私は東京都のスタジオビルに立っていた。
高層階にある録音ブース。壁一面の吸音材。赤く光る録音ランプ。
隣には佐伯美咲。彼女もサブキャラクター役としてオーディションを受けることになっている。
「燈由ちゃん、緊張してる?」
「少し。」
本音だ。
技術や企画なら自信はある。だが、声で演じるなど未知の領域。
迎えてくれたのは音響監督の真田宗一郎。
「君が例の中学生か。」
鋭い目だが、声は穏やか。
「演技経験は?」
「ありません。」
「正直でいい。」
彼は台本を差し出した。
タイトルは――『CASTLE NEXT』。
物語は、未来の都市で歴史を再構築する少年技術者の物語。
……ほぼ私だ。
「主人公の名前は蒼城燈だ。」
わずかに変えているが、明らかにモデルは私。
「なぜ私に?」
白石蓮が笑う。
「本物の声には説得力がある。」
◇
オーディション開始。
ブースに入る。
ヘッドフォンを装着。
マイクが目の前にある。
台本一ページ目。
――「歴史は、過去じゃない。未来を照らす光だ。」
深呼吸。
言葉を紡ぐ。
自分の信念を、そのまま声に乗せる。
録音が終わる。
静寂。
ガラス越しに、スタッフが顔を見合わせる。
真田宗一郎がボタンを押す。
「もう一度。今度は、守りたいものを思い浮かべて。」
守りたいもの。
星城学園。
仲間たち。
挑戦の場。
再び台詞を読む。
今度は、震えが混じる。
だがそれは弱さではなく、決意。
録音終了。
数秒の沈黙の後、白石蓮が言った。
「決まりだ。」
◇
正式発表は一週間後。
アニメ『CASTLE NEXT』主人公役――
星城学園在籍、現役中学生。
ニュースは瞬時に拡散。
SNSは再び炎上……いや、熱狂。
〈本物が声やるの!?〉
〈天才すぎる〉
〈声優デビュー!?〉
校内も騒然。
教室に入ると拍手が起こる。
木村拓真が肩を叩く。
「今度は声かよ。」
「想定外。」
綾小路英隆は静かに言う。
「表に立つ覚悟が、また一段必要だな。」
確かに。
声は隠れない。
映像と共に、永遠に残る。
◇
本格収録開始。
東京都の大型スタジオ。
共演者にはプロ声優の神谷涼、藤宮沙羅。
ブース内で並ぶ。
「新人くん?」
神谷涼が笑う。
「はい。」
「楽しもう。」
収録が始まる。
掛け合い。
息のタイミング。
感情の起伏。
難しい。
だが、楽しい。
『マスター、声の周波数安定。感情振幅良好。』
イリスが冷静に分析する。
「黙ってて。」
小声で返すと、隣の神谷涼が吹き出した。
「独り言?」
「いえ。」
◇
物語後半。
主人公が、巨大企業の妨害を乗り越え、歴史を守る決意を叫ぶ場面。
私は、大阪城でのサイバー攻撃を思い出す。
不安。
恐怖。
それでも進んだ自分。
台詞を叫ぶ。
スタジオが静まる。
録音終了。
真田宗一郎が静かに言う。
「いい。本物だ。」
胸が熱くなる。
◇
初回放送日。
東京都と大阪府で同時放送。
星城学園の視聴覚室に仲間が集まる。
画面に映るタイトルロゴ。
声が流れる。
自分の声。
不思議な感覚。
だが、違和感はない。
物語の中で、私は確かに存在している。
放送終了後、拍手。
佐伯美咲が涙目で言う。
「すごかった。」
木村拓真が笑う。
「もう完全に有名人だな。」
私は首を振る。
「違う。これは通過点。」
◇
夜。
屋上。
遠くに見える東京都の光。
『CASTLE NEXT』は好発進。
関連グッズ、SEIJOU NEXTとのコラボ展開も決定。
声優としての仕事依頼も増えている。
だが私は、空を見上げる。
目的は変わらない。
歴史と未来を繋ぐこと。
その手段が増えただけ。
『マスター、認知度上昇中。』
「それでいい。」
星城学園から始まった挑戦は、今や映像の世界へ広がった。
声は、新しい武器。
そして、新しい責任。
私は静かに呟く。
「次は、世界同時配信。」
夜風が吹く。
遠く、記憶の中の大阪城が、金色に輝いていた。




