第52話 AR歴史再現プロジェクト
学園祭実行委員特別枠――。
その話が星城学園の一年生教室に爆弾のように投下されてから、数日が経った。
私は昼休み、屋上へと続く階段の踊り場に座り込み、ノートを広げていた。
『マスター、学園祭来場者予測モデルを更新しました。』
《イリス》の声が静かに脳内に響く。
「ありがとう。外部来場者の比率は?」
『例年、在校生六割、保護者二割、一般来場者二割。今年はマスターの影響で一般来場者増加予測。最大三割まで上昇の可能性あり。』
やはり。
芸能活動をしている以上、完全に無関係ではいられない。
「なら、一般層にも刺さる企画にする。」
私はノートに大きく書く。
――未来体験型展示。
その下に、さらに具体案を書き足す。
【AR歴史再現プロジェクト】
ふと脳裏に浮かんだのは、以前訪れた《長野県》の《松本城》。
黒漆の天守が夕日に染まる姿。
あの荘厳さを、最新技術で再現できないだろうか。
「校舎を仮想の城郭に見立てる。」
『マスター、建築構造スキャンを行えば三次元投影可能です。』
「やりすぎない範囲でね。」
私は苦笑する。
星城学園の校舎は白亜の三階建て。ここにARを重ね、来場者のスマートフォン越しに“城”を出現させる。
仮想の《鳳凰城》。
もちろん実在はしない。だが物語を作ればいい。
歴史と未来の融合。
投資している通信技術の実験にもなる。
「問題は許可。」
『生徒会長、綾小路英隆への根回しが必要です。』
その名を聞くだけで、少しだけ胸がざわつく。
彼は試している。
私がどこまでやるのか。
◇
放課後。
私は生徒会室の扉を叩いた。
「失礼します。」
中にいたのは、綾小路英隆と、近衛樹。
窓際の席で資料を読んでいた綾小路英隆が顔を上げる。
「来ると思っていたよ、秋月燈由さん。」
相変わらずの微笑。
私は一礼し、企画書を差し出した。
「学園祭企画の概要です。」
近衛樹が横から覗き込む。
「AR……城……? スケールでかくない?」
「やるなら中途半端は嫌なので。」
静かに言い切る。
綾小路英隆はページをめくりながら、目を細めた。
「通信負荷は?」
「分散処理。校内Wi-Fi増設を条件に。」
「予算は?」
「企業協賛を取ります。」
沈黙。
生徒会室の時計の音だけが響く。
やがて彼は、ふっと笑った。
「面白い。許可しよう。」
近衛樹が肩をすくめる。
「ほんと、英隆はこういうの好きだよね。」
私は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
だが、ここからが本番だ。
◇
翌日。
教室で木村拓真と佐伯美咲に声をかける。
「手伝ってくれない?」
二人は目を丸くする。
「俺たちが?」
「うん。チームが欲しい。」
美咲は戸惑いながらも頷いた。
「できること、少ないけど……。」
「十分。」
私は微笑む。
孤立していたはずの私の周りに、少しずつ人が集まり始める。
『マスター、クラス内好感度指数上昇。』
「数値化しなくていい。」
それでも、少し嬉しい。
◇
準備は急ピッチで進む。
校内地図をスキャンし、仮想城郭の配置を設計。
天守に相当するのは体育館。
正門を大手門に見立てる。
《鳳凰城》完成予想図が画面に浮かぶ。
『マスター、通信帯域試算。ピーク時同時接続五百台。』
「ギリギリ。」
投資している北辰通信の技術があれば、と一瞬思う。
だがここは学園。
現実的な範囲でやる。
放課後、校庭で夕日を見ながら、私は呟いた。
「成功させる。」
『マスターの成功確率、現在六十八%。』
「まだ低いね。」
『努力により上昇可能です。』
私は笑った。
努力。
前世では、ただ流されていた。
だが今は違う。
未来を知り、投資し、技術を磨き、学園で挑戦する。
すべては繋がっている。
星城学園という小さな世界で、私は実験をしているのだ。
人を動かす力。
技術を魅せる力。
そして、自分自身の可能性。
遠くでチャイムが鳴る。
明日も準備だ。
私は鞄を肩にかけ、校門をくぐる。
振り返ると、夕焼けに染まる校舎が見えた。
いずれそこに、仮想の《鳳凰城》が重なる。
その光景を思い浮かべながら、私は静かに微笑んだ。
戦いは、もう始まっている。




