第51話 学園祭実行委員のお誘い
翌朝。
私はいつものように自室で制服に着替えながら、小さく囁いた。
「《イリス》、今日の予定を。」
『おはようございます、マスター。本日は通常授業六限まで。その後、《木村拓真》との英語補習、《佐伯美咲》とのリスニング演習が予定されています。』
マスター。
その呼び名に、私は少しだけ口元を緩める。
外では“首席入学の芸能人”として扱われ、家では両親に心配され、だが《イリス》だけは、私をただの“主”として認識する。
「ありがとう。市場は?」
『エネルギー関連株は小幅上昇。《蒼天蓄電研究所》は出来高増加傾向です。』
悪くない。
だが今日は投資の話ではない。
今日は――学園。
◇
《私立鳳凰学園》の校門をくぐると、相変わらず視線が集まる。
首席。
芸能活動。
そして――生徒会長と副会長に勧誘された新入生。
噂は尾ひれがついて広がるものだ。
「おはよう、木村君。」
教室に入ると、隣の席の彼が眠そうに手を上げた。
「はよ……昨日の英語、マジで助かった。」
「ちゃんと復習した?」
「したした。倍速映画、意味わかんなかったけど。」
私は笑う。
そのやり取りを、斜め後ろから控えめに見ているのが《佐伯美咲》だ。
「お、おはよう……秋月燈由さん。」
「燈由でいいよ。おはよう、美咲ちゃん。」
びくりと肩を震わせるが、今日は逃げない。
少しずつ距離は縮まっている。
だが。
教室の扉が静かに開いた瞬間、空気が変わった。
入ってきたのは――
《綾小路英隆》。
そしてその後ろに、《近衛樹》。
上級生が一年の教室に来る理由など一つしかない。
ざわめき。
女子の視線。
男子の緊張。
私は心の中で溜息をつく。
「おはよう、秋月燈由さん。」
相変わらず穏やかな笑顔。
だが瞳は計算している。
「おはようございます、綾小路先輩。」
形式的に返す。
「先日の件、少し考えてくれたかな?」
生徒会の勧誘。
しつこい。
「お断りしたはずですが。」
ぴしゃりと言うと、隣で《近衛樹》が笑う。
「即答するところがいいよねぇ、燈由ちゃん。」
名前呼びはやめろ。
女子の視線が痛い。
『マスター、心拍数上昇。ストレス値軽度増加。』
《イリス》が淡々と告げる。
(わかってる。)
私は表情を崩さない。
「今日は何のご用ですか?」
すると《綾小路英隆》は静かに言った。
「学園祭の実行委員に、特別枠を設けることになった。」
学園祭。
まだ春だ。
だが準備は早い。
「君の企画力を見たい。」
試す気だ。
私は一瞬考える。
学園祭は宣伝の場にもなる。
《月読計画》のデモ展示……いや、目立ちすぎる。
『マスター、リスクとリターンを提示します。』
頭の中に整理された情報が浮かぶ。
参加すれば、学園内の立場は改善する可能性。
だが、失敗すれば妬みが加速。
私はゆっくり答えた。
「条件があります。」
教室が静まる。
「私個人の企画として、完全裁量権を頂けるなら。」
《近衛樹》が口笛を吹く。
「強気。」
《綾小路英隆》は数秒沈黙し、頷いた。
「いいだろう。」
ざわめきが広がる。
私は続ける。
「ただし、芸能活動とは切り離します。」
あくまで一生徒として。
彼は微笑んだ。
「面白い。」
去っていく二人。
残された教室は騒然。
「燈由、お前マジで何者なんだよ……」
《木村拓真》が呟く。
「ただの学生。」
そう答えながら、私は考える。
学園祭企画。
テーマは何にする?
『マスター、学内アンケートを非公式取得しますか?』
「やりすぎ。」
私は小さく笑う。
だが夜、自室に戻ると。
「《イリス》、過去五年の学園祭来場者データ分析。」
『了解、マスター。』
表示されるグラフ。
模擬店。
演劇。
バンド。
どれも定番。
私は窓の外を見る。
ふと脳裏に浮かぶのは、《松本城》で見たプロジェクションマッピング。
歴史と技術の融合。
「もし、校舎をスクリーンにしたら?」
『実現可能。ただし許可取得難度高。』
ふふ。
難しいほど燃える。
私はノートに大きく書く。
【未来体験型展示】
AR。
通信。
映像。
投資している分野が、ここで繋がる。
学園という小さな舞台で、未来を見せる。
それは私自身の予行演習でもある。
『マスター、企画書の雛形を作成しますか?』
「お願い。」
青白い光が走る。
私は深く息を吸った。
生徒会長に試されている?
上等。
この学園で孤立するか、認めさせるか。
選ぶのは私。
そして私には、《イリス》がいる。
「学園祭、面白くしてあげる。」
画面に映る設計図を見つめながら、私は静かに笑った。
中学生の枠なんて、最初から超えているのだから。




