第50話 宇宙を目指して
『エネルギー分野の分析を開始します。』
《イリス》の声が静かに響く。
私は椅子に深く座り直し、机の上に広げた資料を整えた。量子半導体、通信、医療AIの三本柱はすでに仕込んだ。だが、それだけでは足りない。
未来を支配するのは、計算能力と情報だけではない。
――電力だ。
「再生可能エネルギー関連と、次世代蓄電技術を優先抽出して。」
画面が切り替わる。
国内企業一覧が表示される。
《日輪再生電力》。
《蒼天蓄電研究所》。
《白鷺水素開発》。
海外では、
《|ノースライト・エナジー《のーすらいとえなじー》》。
《|グリーンフォージ・パワー《ぐりーんふぉーじぱわー》》。
私は目を細める。
「《イリス》、五年スパンでの政策連動リスクを加味して。」
『了解しました。国内政策資料、国会議事録、各自治体計画書を統合解析します。』
画面の隅に小さく地図が表示される。
《東京都》。
《大阪府》。
《福岡県》。
補助金予定地域が色分けされていく。
私は指で机を軽く叩く。
「地方分散型電源が鍵になる。」
大規模一極集中は災害に弱い。
未来の私は、それを知っている。
『《日輪再生電力》は《静岡県》沿岸部に洋上風力計画あり。』
「台風リスクは?」
『耐風設計強化済み。ただし建設遅延リスクあり。』
悪くない。
だが私はさらに踏み込む。
「《蒼天蓄電研究所》の全固体電池進捗は?」
『試作第二段階成功。量産化は未定。研究資金不足。』
そこだ。
資金不足。
技術はあるが、資金が足りない。
爆発する前の火種。
私は静かに微笑む。
「将来、《月読計画》のデータセンターを建設するなら、どこが最適?」
地図が再び拡大される。
《長野県》。
《北海道》。
《熊本県》。
冷涼な気候、水資源、地震リスク分散。
『最適候補は《長野県》北部。』
私は頷く。
「昔、《松本城》を見に行ったことがある。」
黒い天守が青空に映えていた。
あの静かな土地に、未来の演算拠点を築く。
悪くない。
『マスター、感情値が再上昇しています。』
「夢を描いているだけ。」
だが夢は、数字で裏打ちしなければならない。
「《蒼天蓄電研究所》を三十%、 《日輪再生電力》を二十%、海外を十五%。残りは現金保持。」
『リスク分散良好。』
私は発注画面を開く。
心臓が少し速くなる。
投資額は決して小さくない。
だが、未来の基盤を築くための布石。
「実行。」
クリック。
約定通知。
静かな部屋に電子音が響く。
私は深く息を吐いた。
これで、量子・通信・医療AI・エネルギー。
四本柱。
《セレーネ》の演算は、いずれ国家級インフラに匹敵する。
その時、電力を外部に依存するのは危険だ。
自前で制御できる基盤が必要。
『海外情勢変動予測を更新しますか?』
「お願い。」
世界地図が表示される。
《アメリカ合衆国》。
《中華人民共和国》。
《ドイツ連邦共和国》。
半導体規制、エネルギー政策、為替。
世界は複雑に絡み合っている。
私は小さく呟く。
「戦争が起きれば、市場は揺れる。」
『地政学リスク指数上昇傾向。』
だからこそ、分散。
だからこそ、現金比率。
私はノートに大きく書いた。
【守り六、攻め四】
攻めるだけでは生き残れない。
守るだけでは未来は掴めない。
バランス。
それが投資。
それが戦略。
窓の外では、夜の帳が下りている。
街の灯りが瞬く。
あの一つ一つが、電力で輝いている。
いずれその電力を、私の投資先が支える日が来るかもしれない。
『マスター、ポートフォリオ安定指数は八十二点です。』
「合格。」
まだ完璧ではない。
だが上出来。
私はパソコンを閉じる前に、最後に確認する。
「《イリス》、もし市場が暴落したら?」
『段階的買い増し戦略を推奨します。』
私は笑った。
「覚悟は出来てる。」
市場は波だ。
上がる時もあれば、沈む時もある。
だが、未来の流れを読む目と、冷静な判断があれば恐れない。
私は立ち上がり、窓辺に立つ。
遠くに見える夜景。
いつか、《長野県》の山中に建つデータセンターから、世界へ信号を送る日を思い描く。
その礎は、今日のクリックから始まった。
《イリス》が静かに告げる。
『次の分析テーマは何にしますか?』
私は振り返り、微笑んだ。
「宇宙関連産業。」
未来は、地上だけじゃない。
青白い光が再び走る。
私の戦略は、まだ終わらない。




