第49話 新たな株
中学に入学して間もない頃、私は一つの決断を迫られていた。
手元にある資金を、どう増やすか。
芸能活動による収入は安定している。だが、それだけでは《月読計画》の拡張や、《セレーネ》の次世代演算環境構築には足りない。
必要なのは、継続的かつ爆発力のある資金源。
つまり――株式投資だ。
◇
私の自室。
机の上にはノートパソコンと、海外経済誌、そして分厚い財務諸表。
私は椅子に深く座り、静かに呼びかけた。
「《イリス》、起動。」
モニターに淡い光が走る。
『おはようございます、マスター。本日の市場概況を表示しますか?』
柔らかな合成音声。
《イリス》は《セレーネ》の補助演算ユニットとして構築した意思決定支援AIだ。未来知識を直接使うことは出来ないが、私の記憶にある傾向と現在の公開データを統合し、確率モデルを提示する。
「国内外の半導体、通信、医療AI関連銘柄を抽出して。」
画面が一瞬で切り替わる。
国内三十社、海外五十社。
株価推移、PER、PBR、研究開発費比率、特許件数。
圧巻の情報量。
だが、私は数字の羅列に溺れない。
「《イリス》、三年後に市場拡張率が二倍以上になる確率順に並べ替えて。」
『条件を確認。市場成長率、政府投資動向、国際情勢リスク、技術革新速度を加味します。』
数秒。
トップに浮かび上がったのは――
《東亜量子半導体》。
国内ではまだ中堅扱いだが、量子補助演算チップの試作段階に入っている企業だ。
私は顎に手を当てる。
「リスクは?」
『研究開発費が高く、短期的利益率は低下傾向。ただし特許出願数は前年同期比二百三十%増。海外大手との共同研究の噂あり。』
ふむ。
短期ではなく、中長期型。
悪くない。
だが、それだけでは足りない。
私は次に視線を移す。
《北辰通信》。
次世代基地局開発企業。
「これは?」
『政府補助金対象候補。高速低遅延通信インフラ整備計画と一致。』
――来る。
私は知っている。
動画配信、遠隔医療、VR教育。
通信帯域は爆発的に必要とされる。
《セレーネ》の安定運用にも、通信革新は不可欠。
私は小さく笑った。
「未来に賭けるなら、ここ。」
だが株は感情で買ってはいけない。
私は冷静に分析を続ける。
「《イリス》、海外市場は?」
表示されたのは、
《|グローバル・ニューロテック《ぐろーばるにゅーろてっく》》。
医療AI診断支援企業。
現在は赤字だが、臨床試験結果次第で爆発する。
未来の記憶が、微かに疼く。
この分野は伸びる。
確実に。
「為替リスクを計算。」
『円安傾向持続の場合、利益増幅。ただし国際規制強化リスクあり。』
私は深呼吸した。
ここで重要なのは、分散。
集中投資は魅力的だが、資金を焼く危険もある。
私はノートに三つの円を描く。
一つ目、《東亜量子半導体》。
二つ目、《北辰通信》。
三つ目、《|グローバル・ニューロテック《ぐろーばるにゅーろてっく》》。
「割合は、どう思う?」
『推奨配分。量子四十%、通信三十五%、医療AI二十五%。』
理にかなっている。
私は頷いた。
だが、最後に確認する。
「最悪ケースを提示。」
画面が赤く変わる。
量子研究失敗。
通信補助金不採択。
医療AI臨床失敗。
資産三割減。
……耐えられる。
生活資金とは分離している。
私は静かに決断した。
「買う。」
指先がマウスを握る。
発注数量を入力。
確認画面。
心拍数がわずかに上がる。
だが恐怖はない。
これは博打ではない。
戦略だ。
「実行。」
クリック音が小さく響く。
注文完了。
私は椅子に背を預けた。
「これで、《セレーネ》の次段階演算資金は確保できる可能性が高まったね。」
『燈由様、感情値が上昇しています。』
「わかる?」
『声帯振動解析による推測です。』
私は笑う。
株は怖い。
だが、未来を信じるなら、動かねばならない。
私は窓の外を見る。
夕焼けが街を染めている。
中学生が株を買う。
普通ではない。
けれど、普通である必要はない。
私には《イリス》がいる。
《セレーネ》がいる。
そして、未来の断片を知る私自身がいる。
市場は戦場だ。
だが恐れない。
この資金は、ただの利益のためではない。
技術を前に進めるため。
世界を少しだけ、望む形に近づけるため。
私は静かに呟いた。
「次はエネルギー分野も視野に入れようか。」
『分析を開始します。』
青白い光が再びモニターに走る。
戦いは、始まったばかりだ。




