第53話 AR
学園祭の夜が明けた。
朝日が差し込む星城学園の校舎は、昨夜の喧騒が嘘のように静まり返っている。だが、私の胸の奥では、まだ鼓動が速いままだった。
鳳凰城のAR演出は大成功だった。
来場者数は過去最多。臨時サーバーの負荷も許容範囲内。企業協賛の担当者からは、今後の共同開発の打診まであった。
けれど、私は満足していない。
「終わりじゃない。」
校舎の屋上に立ち、私は呟いた。
そこへ、軽い足音が近づく。
「やっぱりここにいた。」
振り向くと、木村拓真が紙パックのジュースを二本持って立っていた。
「ほら、差し入れ。」
「ありがとう。」
フェンス越しに見える街並みの向こうには、東京都の高層ビル群が霞んでいる。
拓真が言う。
「昨日さ、すごかったよな。あれ、プロもびびってたぜ。」
「まだ甘いよ。」
「どこがだよ?」
私は静かに答える。
「来場者の動線データ、まだ解析途中。滞留ポイントが三か所。あれは改善できる。」
拓真は苦笑する。
「燈由はさ、ほんと止まらないよな。」
止まるつもりはない。
なぜなら――私は知ってしまったから。
人が動き、感情が動き、世界が変わる瞬間を。
◇
同日、生徒会室。
綾小路英隆が静かに資料をめくっている。
その横で、近衛樹が椅子をくるりと回した。
「正式に外部メディアから取材依頼が来てるよ。星城学園として受ける?」
「受けます。」
即答。
綾小路英隆が目を細める。
「理由は?」
「影響力の拡大。スポンサー獲得確率上昇。次回プロジェクトの資金確保。」
「合理的だ。」
彼は微笑んだ。
「だが覚えておけ。影響力は諸刃の剣だ。」
「理解しています。」
私は真正面から視線を受け止める。
星城学園は、伝統と格式を重んじる学校だ。軽率な行動は許されない。
それでも。
私は前に進む。
◇
数日後。
星城学園の講堂で、臨時の報告会が開かれた。
教師、生徒代表、そして理事会の一部。
私は壇上に立つ。
「今回のAR演出 鳳凰城の目的は三つ。技術実証、地域連携、ブランド価値向上。」
スクリーンにデータが映る。
来場者動向、SNS拡散率、協賛企業の評価コメント。
ざわめき。
理事の一人が口を開く。
「中学生の企画とは思えない。」
私は淡々と答える。
「企画に年齢は関係ありません。」
一瞬、空気が張り詰める。
だが、綾小路英隆が口を挟む。
「成果は事実です。次年度以降の公式行事として発展させる価値がある。」
最終的に、満場一致で継続決定。
その瞬間、私は確信した。
ここは、実験場になる。
星城学園は、私の最初の拠点だ。
◇
放課後。
中庭で、佐伯美咲がベンチに座っていた。
「燈由ちゃん、すごいね。」
「みんなのおかげ。」
「違うよ。燈由ちゃんが動いたから、みんな動いたんだよ。」
その言葉が胸に響く。
人を巻き込む力。
それは技術以上に重要だ。
『マスター、外部投資家からオンライン面談希望。』
耳元の《イリス》が告げる。
私は小さく息を吸う。
「受ける。」
星城学園という看板を背負いながら、私は外の世界へ踏み出す。
◇
一週間後。
放課後のIT準備室。
大型モニターに映るのは、大阪府のベンチャー企業代表、高槻修司の顔。
「君が燈由さんか。噂は聞いている。」
「初めまして。」
彼は笑う。
「中学生でここまで構想できるとはね。」
私は資料を提示する。
次なる計画。
ARを用いた地域歴史資源の再構築プロジェクト。
舞台は大阪城。
仮想で戦国期の姿を再現する。
豊臣秀吉の時代の天守。
「本気かい?」
「はい。」
高槻修司はしばらく沈黙し、やがて笑った。
「面白い。出資しよう。ただし条件がある。」
「何でしょう。」
「責任者として最後までやり遂げること。」
私は即答する。
「約束します。」
◇
夜。
星城学園の屋上。
街の灯りが揺れる。
拓真が隣に立つ。
「次、大阪城ってマジかよ。」
「うん。」
「スケールでかすぎ。」
「だからやる。」
拓真は笑い、拳を突き出す。
「じゃあ俺もついてく。」
拳を合わせる。
その瞬間、私は一人じゃないと実感する。
『マスター、成功確率六十二%。挑戦的です。』
「十分だよ。」
空を見上げる。
星城学園で始まった小さな実験は、次の段階へ進む。
学園の枠を超え、都市へ。
都市から、やがて世界へ。
私は静かに宣言する。
「星城学園の名を、未来の象徴にする。」
夜風が吹き抜ける。
遠く、大阪城のシルエットが、まるで呼びかけるように脳裏に浮かんだ。
物語は、まだ始まったばかりだ。




