第46話 新たな挑戦
折角時間が出来たのだから、未来の技術チャットGTPをイリスと一緒に作ってみようと思い立ったのは、本当に何気ない瞬間だった。
私のHPに掲載している記事や、翻訳ソフトは既に自作している。けれど、それらを一括管理し、更に発展させる総合型AIはまだ作っていなかった。
作る時間が無かったというか――……正確には、イリスが優秀過ぎて後回しにしていたのだ。
でも、今は少し余裕がある。
だったらやるしかないでしょう?
私は机に向かい、パソコンを立ち上げ、意識の奥でイリスに呼びかけた。
〈イリス、チャットGTPみたいなソフトを作りたいんだけど出来る?〉
一拍の間もなく、澄んだ声が返る。
〈可能です。設計補助・コード生成・最適化まで全て支援します。今からコードを表示しますので、同様に入力して下さい――……〉
ぶん、と空間が震え、薄い半透明のボードが目の前に展開された。
そこにはびっしりと並ぶコード。
「うわっ!これ全部入力するとかダルいんだけど――……」
思わず本音が漏れる。
すると、ほんの僅かに声色を変えてイリスが言った。
〈身体の主導権を私に任せますか? 高速入力が可能です。〉
魅力的な提案だ。
けれど、私は首を横に振る。
〈そんな事をしたら、自分が作ったって気分にならないよ。〉
〈……理解不能。ですが尊重します。〉
ちょっと拗ねたような声音が可愛い。
イリスは万能に近い存在だけれど、時々どこか抜けている。そこがまた愛しい。
〈ねぇ、チャットGTPの機能にもっと追加する事って出来る?〉
〈可能です。どのような機能を搭載しますか?〉
私は顎に指を当てて考える。
「作曲機能とか動画編集機能とかあったら便利だよねぇ。テキストから曲作ったり、鼻歌からメロディ生成したり。動画も自動編集出来たら最高なんだけど。」
〈――……動画編集機能は現在の環境制限下では実装不可能です。しかし作曲機能は実装可能です。音声解析・コード進行自動生成・編曲補助まで対応出来ます。〉
流石イリス。
動画が無理なのは残念だけど、作曲機能が付くだけでも革命だ。
〈鼻歌とかいける?〉
〈是。添付音声ファイルから旋律抽出し、楽曲構造へ変換可能です。コードを出力します――……〉
再びボードにコードが流れ出す。
私はキーボードを叩き始めた。
カタカタカタカタ。
イリスが横でリアルタイムにエラー検出と最適化を行ってくれる。私が打ち間違えれば即座に修正候補が浮かぶ。
「イリス、今の変数名ちょっとダサくない?」
〈美的感覚の定義を要求します。〉
「センスって大事なんだよ。」
〈学習します。〉
そんなやり取りをしながら、気付けば六時間が経過していた。
「うわっ!!結構な時間が経ってる。」
集中すると時間感覚が飛ぶのは昔からだ。
パソコンを閉じる。
「デバックは明日ね。イリス、いつものお願い。」
ベッドに横になると、柔らかな音声波形が脳へと届く。
イリスの睡眠導入。
脳波を最適化し、最短時間で最大効率の回復を促す。
私はやる事が山ほどある。長時間眠っている暇は無い。
でも美容の為に徹夜はしない。そこは譲れない。
――意識が静かに沈む。
翌朝。
〈マスター、朝です。〉
イリスの声で意識が浮上する。
頭が驚くほどクリアだ。
もしイリスがいなければ、こんな無茶な時間配分は出来なかっただろう。
「勉強前に昨日のGTP、デバックしようかな。」
電源を入れ、テストを走らせる。
一時間。
エラーなし。
処理速度も想定値以上。
「流石はイリス。パーフェクトだわ。」
〈当然です。〉
絶対今ドヤ顔してる。
そして私はジャージに着替え、|インスタントダンジョン《いんすたんとだんじょん》の鍵を開いた。
勉強するならここが最効率。
時間経過が外界と切り離されている。運動と学習を同時にこなせる最高の環境だ。
打刀と短刀を持ち、Hardステージへ潜る。
「イリス、戦闘補助お願い。」
〈魔力配分最適化開始。右後方三時方向、敵接近。〉
鬼周回開始。
魔法と刀でモンスターを薙ぎ払う。
ドロップ品は全て空間魔法へ収納。
宝石は売却、素材は錬金術用。
「買い取りスキルとか無いのかなぁ。」
〈そのような都合の良いスキルは確認されていません。〉
現実は厳しい。
セーフエリアで机と椅子を取り出す。
「イリス、数学の問題出して。」
〈是。第一問――……〉
高校二年レベルの問題を解く。
分からない部分は即解説。
理解速度が段違いだ。
理・数・国を重点強化。
英語?万能言語があるから問題なし。
動物とも会話出来る私は、街の情報収集も万全。
イリスは戦闘補助AIであり、教育AIであり、生活支援AIであり、そして創造の相棒だ。
そして――
私とイリスが創り上げた新型チャットGTP。
その名は【セレーネ】。
イリスが名付けた。
〈月の女神の名を冠します。マスターの補助者として相応しい名称です。〉
少し誇らしげだった。
私は知らなかった。
この【セレーネ】が、後に大きな騒動を巻き起こす事を。
この時の私はただ、イリスと肩を並べて未来を作る事に夢中だったのだから。




