第45話 卒業旅行②
二日目の朝、私達は胸を躍らせながらバスに揺られていた。目的地は——群馬サファリパーク。
事前にYourTubeで紹介動画を観て、ホワイトタイガーの予習までしてきた私は、誰よりもやる気に満ちている。
「結構色々な動物がいるのね。」
命ちゃんがパンフレットをめくりながら呟く。
「私は目玉のホワイトタイガーを見たい!!」
光がパンフレットを掲げて宣言する。分かる。分かるよその気持ち。あの白銀の毛並み、青い瞳、神々しさ。映像越しでも伝わる迫力が、生で見られるなんて。
「餌やり出来るみたいだし、体験してみるのも良いね。触れ合い体験やショーも楽しめるんじゃないかな?」
私の提案に、二人は目を輝かせた。
「じゃあ、三人ともお姉さんについて来てね。」
どこかで聞いたような口調で言う容子さん。完全にバスガイドの真似である。けれど妙に板についているのが悔しい。
私達はエサやり体験バスへと乗り込んだ。
重たい扉が閉まり、鉄格子越しの世界が始まる。普通の動物園とは違う。ここでは、私達が“檻の中”だ。
バスがゆっくりと走り出すと、草原の向こうにライオンの群れが見えた。
「うわ……近い。」
思わず息を呑む。画面越しとは全然違う。空気が違う。匂いも、地面を踏みしめる重たい足音も、全部が生々しい。
やがて、虎エリアへ。
白い影がゆらりと動く。
——ホワイトタイガー。
「お、大きいっ!!」
光が悲鳴混じりに叫ぶ。
「か、噛まないよね??」
命ちゃんも若干引き気味だ。
ガラス越しではない。鉄格子一枚を挟んだ距離。手を伸ばせば届きそうなほど近い。
その体躯は、想像以上だった。しなやかで、無駄のない筋肉。白地に黒の縞がくっきりと浮かび上がり、青い瞳がこちらを射抜く。
美しい。
怖い、よりも先にそう思った。
「意地悪しなきゃ大丈夫よ。」
事前学習済みの容子さんが落ち着いた声で言う。
飼育員さんの合図で、長いトングに刺さった肉を差し出す。
ホワイトタイガーがゆっくりと近づいてくる。
——ごくり。
喉が鳴る。
大きな口が開き、鋭い牙が見えた瞬間、光と命ちゃんが同時に身を引いた。
ガツン。
トングごと持っていかれそうな衝撃。
「ひゃっ!」
光が短く悲鳴を上げる。
虎は何事もなかったかのように肉を咀嚼している。顎の力が凄まじい。自然の捕食者を、こんな至近距離で感じるなんて。
私はその一部始終を動画に収めながら、内心大興奮していた。
光×命ちゃん×ホワイトタイガー=可愛い+神々しい+尊い。
「燈由ちゃん、視線がおっさんのようだよ。」
横から容子さんの冷静なツッコミ。
「酷い!!お茶の間のアイドルなのに!!」
抗議しながらも、カメラは止めない。
別の虎もやって来る。今度は通常のオレンジ色の個体だ。白とは違う迫力。低く唸る声がバスの床を震わせる。
「近くで見ると大きいね……。」
思わず本音が漏れる。
ガラス越しでは分からない体温。荒い息遣い。肉食獣の“気配”そのものが伝わってくる。
次は草食動物エリア。
シマウマやキリンが悠々と歩いている。
キリンへの餌やりでは、長い舌がぬるりとトングに巻き付いた。
「うわっ、すごっ!」
命ちゃんが目を丸くする。
キリンの瞳は穏やかで、虎とは真逆の優しさがあった。同じ“野生”でも、こんなに違うのかと感心する。
サイもいた。
その重量感。鎧のような皮膚。のしのしと歩く姿は、まるでファンタジーの世界の魔獣だ。
私は一瞬、インスタントダンジョンのことを思い出した。
もしここがダンジョンだったら、ホワイトタイガーはボス級だろうか。いや、サイも捨てがたい。キリンは回復系モンスター?などとくだらない妄想が止まらない。
「みんな女の子してるんだねぇ。」
草食動物エリアで少し落ち着いた私達を見て、容子さんがぽつりと呟く。
その後、何故か食生活の話に発展し、ポンジュースが配られたのは謎である。
けれど、サファリの余韻の中で飲む100%ジュースはやけに美味しかった。
再び猛獣エリアへ戻ると、ホワイトタイガーが岩の上に寝そべっていた。
太陽の光を浴びて、白い毛が輝いている。
さっきまで牙を剥いていた同じ個体とは思えないほど穏やかだ。
「綺麗……。」
光が小さく呟く。
その横顔は、さっきの怯えた表情とは違っていた。
怖い。
でも、目を逸らせない。
野生の美しさを、ちゃんと受け止めている顔だった。
私はカメラを下ろした。
動画に残すのも大事だけれど、この光景は自分の目で焼き付けたい。
鉄格子越しとはいえ、あれほど近くで命の強さを感じる経験はそうない。
群馬サファリパークは、ただ“可愛い動物を見る場所”じゃなかった。
命の重さと迫力を、体感する場所だ。
バスが出口へ向かい始める。
振り返ると、遠くにホワイトタイガーの白い姿が小さく見えた。
「また来たいね。」
命ちゃんが言う。
「うん。今度はもっと堂々と餌あげる!」
光が拳を握る。
「その前に栄養管理ね。」
容子さんが現実を突きつける。
笑い声が弾ける。
怖さも、感動も、興奮も、全部ひっくるめて——群馬サファリパークは最高だった。
ホワイトタイガーの青い瞳は、きっと一生忘れない。
あの日、鉄格子越しに見た野生の光は、私達の卒業旅行を何倍にも濃く、鮮やかなものにしてくれたのだから。




