第44話 卒業旅行①
私は仕事の都合で卒業旅行に参加できなかった。
そのことをずっと気にしていた光と命ちゃんが、「じゃあ私たちで企画しよう!」と立ち上がってくれたのだ。
そうして今、私たちは群馬県に来ている。
目的地は四万温泉。
あの名作アニメ映画『千と千里の神隠し』の油屋のモデルのひとつとも言われる温泉街だ。
「凄~い!!アニメの中に入って来たみたい!!」
石畳の道、朱色の橋、木造の重厚な建物。
どこを切り取っても絵になる景色に、三人そろって目を輝かせる。
「ほら見て!コラボしてる!」
通りのあちこちに、さりげなく飾られたキャラクターパネルや幟。
世界観を壊さない程度の演出が、ファン心をくすぐる。
「写真!写真撮ろう!!」
きゃっきゃと騒ぐ二人に、私は思わず笑ってしまう。
前回の人生では、友達と旅行なんて無縁だった。
社員旅行で一人ぽつんと温泉街を歩いた記憶がよみがえる。
あの時は、誰かと笑い合う未来なんて想像もしなかった。
バリバリの陰キャだった私が、今こうして人に囲まれている。
人生二周目というアドバンテージもある。
けれどそれ以上に、授かったスキルと、そして何より出会いのおかげだと思う。
「燈由ちゃん!早く早くっ!!」
光と命ちゃんが両手を引っ張る。
石段を上り、橋を渡り、足湯を覗き込み、射的屋を冷やかす。
忙しいけれど、全部が楽しい。
ふと、ひときわ風情のある建物が目に入った。
黒光りする柱、すりガラスの窓。
「骨董屋かな?」
興味津々で中を覗き込む。
「アニメのむすび様が出してるお店みたい♡」
命ちゃんが目を輝かせ、私たちの手を引く。
「三人とも、お店の人に迷惑かけないようにね。」
付き添いの容子さんの声。
「「「はーい」」」
元気よく返事をして店内へ。
外観よりもずっと広い空間に、古い箪笥や壺、掛け軸が並ぶ。
少しひんやりした空気と、木の匂い。
その中で、私はふと足を止めた。
小さな翡翠の根付。
掌にすっぽり収まる、猿の彫刻。
「お猿さんの根付?」
覗き込んだ命ちゃんが「綺麗」と微笑む。
「全部形が違うんだね。石がピカピカしてる……」
石好きの光が食いつく。
三匹並んでいる。
私はすぐに分かった。
「これ、三猿だね。」
「三猿?」
首を傾げる二人に説明する。
「見ざる、聞かざる、言わざる。悪いことを見ない、聞かない、言わないって教えだよ。子どもの頃は悪いものから守って、素直に育てるって意味もあるし、大人になってからは余計なことに関わらず慎重に生きるって教訓でもある。」
店番の老婆がにこにこと頷く。
「ほぉう、物知りなお嬢さんだねぇ。」
ご褒美だよ、と飴玉を三つくれたので、二人に分ける。
「日光東照宮の彫刻で有名だよ。神厩舎に猿の一生が彫られてるんだって。」
前回の人生で、一人旅の延長でじっくり見たことがある。
「今度は日光に行きたい!!」
光が即決。
「日帰りできるし良いよね!」
命ちゃんも乗り気。
「日光なら猿軍団もありますよ。」
容子さんがさりげなく情報を投下。
二人が一斉に食いつく。
その間に、私は老婆へ問いかけた。
「これ、糸魚川の翡翠ですよね?」
「そうさ。職人が彫ったもんだ。子どもが買う値段じゃないよ。」
財布事情を気遣ってくれる優しさ。
けれど私は笑う。
「これでも一応、稼いでるんですよ。三つください。」
半信半疑の老婆に、持参していたCDを一枚差し出す。
Myマッキー君でサインを添えて。
「私が伴奏してるCDなんです。テレビにも出てます。」
「ほぉ……」
じっと見つめ、ようやく頷いた。
「三つで十一万六千円じゃ。カードは使えんぞ。」
現金確認。
ひー、ふー、みー……とお、あまりふたつ。
足りる。
残りは心許ないが、何とか。
財布が一気に軽くなる。
「らっぴんぐはするか?」
「中身が分からないようにお願いします。」
どれが自分の手元に残るのか、それも楽しみ。
包みを受け取り、店を出る。
光と命ちゃんもそれぞれ小物を購入していた。
「容子さんは?」
「今回は保護者役よ。」
空笑い。
絶対欲しい物あったな。
後でこっそり聞き出し、一万円以内でお土産を買うことに決めた。
現金の大切さを痛感しつつ。
石畳を歩きながら、私は包みをぎゅっと抱えた。
三猿。
見ざる、聞かざる、言わざる。
けれど私は、全部見るし、聞くし、言う。
それでも大切なものは守る。
友達との時間も、未来への野心も。
こうして、少し遅れた私の卒業旅行は、賑やかに、そして温かく始まったのだった。




