第42話 合格発表日
今日は星城学園の合格発表日だ。
電車を降り、改札を抜けると、やけに空気が軽い気がした。
――満点を取っている。
イリスの解析でもミスはゼロ。理論上、落ちる要素はない。
それでも、胸の奥がほんの少しだけざわつく。
「性格が悪いからかな。」
ぽつりと呟く。
私は、自分が受かることよりも、器物破損少女が落ちていることを願っている。
最低だ。
けれど、あの教室で本を破かれ、街中でマフラーを締め上げられた記憶は、簡単に美談へ変換できるほど優しくない。
星城学園の正門が見えてきた。
校門前は既に黒山の人だかり。
保護者、受験生、制服姿の在校生、報道関係者らしき姿も混じっている。
「やっぱり凄いなぁ……」
歓声が上がる。
泣き声が混じる。
笑顔と絶望が、同じ空間で同時に存在している。
私はキャップを目深に被り、人の隙間を縫うように掲示板へ近付いた。
受験番号一覧。
指でなぞる。
1120――
1125――
1128――
「1129……」
あった。
はっきりと、確かに。
1129。
胸の奥に溜まっていた何かが、すっとほどけた。
その瞬間、すぐ隣から震える声がした。
「763……763……なっ――……ない……」
聞き覚えのある声。
横を見る。
器物破損少女が、顔面蒼白で掲示板を睨みつけていた。
763。
南無三。
……縁起が悪いなんて思ってしまった自分に、少しだけ自己嫌悪する。
でも。
私は落ちてほしいと思っていた。
その願いは、叶ってしまった。
彼女の肩が震える。
そして、ゆっくりとこちらを向いた。
視線が合う。
時間が止まった気がした。
「なっ……何でアンタが合格で私が不合格なのよぉおお!!」
叫びと同時に、マフラーを掴まれる。
ガクガクと揺すられる。
「ちょ、ちょっと――」
締まる。
喉が圧迫される。
視界が揺れる。
……また、これ?
周囲はざわついているのに、誰も近付いてこない。
関わりたくない。
それが空気で分かる。
酸素が足りない。
ブラックアウトしかけた、その瞬間。
「何をしているんだ!!」
鋭い声。
身体が後ろへ引かれる。
圧迫が消え、私はその場に崩れ落ちた。
「ゲホッ……ゴホッ……!」
肺が空気を求めて暴れる。
涙が滲む。
見上げた先に立っていたのは、整った顔立ちの男子生徒だった。
「綾小路様っ!!?」
器物破損少女が悲鳴のように名前を呼ぶ。
綾小路?
私は咳き込みながら、その男子を見る。
人好きの良さそうな笑顔。
だが目は冷静だ。
「自分が落ちたからって、新入生に八つ当たりとは呆れるね。」
穏やかな口調なのに、言葉は容赦ない。
「見苦しい。」
……女の子に見苦しいって言った。
結構辛辣だ。
「ご、ごめんなさいっ!!」
器物破損少女は慌てて謝る。
でもその視線は、ちらちらと綾小路先輩へ向いている。
謝罪の対象は私じゃない。
「謝罪は結構です。110しますので。」
私ははっきりと言った。
本当に通報した。
今回は動画もある。
周囲の何人かが撮影していたらしく、情報提供をお願いすると快く応じてくれた。
お礼にサイン。
Myマッキー君は常備品だ。
器物破損少女は、警察に連れていかれた。
泣き叫びながら。
私は立ち上がり、制服の男子へ向き直る。
「あの、綾小路先輩……先程はありがとうございました。」
「どういたしまして。それより、病院は?」
「大丈夫です。少し締まっただけなので。」
本当は少しヒリヒリするけれど、問題ない。
「私は秋月燈由です。お礼がしたいので、連絡先を交換して頂けますか?」
一瞬。
彼の表情が曇った。
警戒。
当然だ。
芸能人相手に軽率に連絡先を渡せば、後々面倒になる可能性もある。
「あ、無理でしたらクラスだけでも。入学後にお礼をお持ちします。」
私は一歩引いた。
すると、彼は目を丸くした。
そして、ふっと笑う。
「クラスはまだ分からないよ。クラス分け前だからね。」
「ですよね!すみません!」
「生徒会に入っているから、生徒会室に来れば会えるよ。」
女神かな?
いや王子か。
「絶対に行きます!今日は本当にありがとうございました!」
深く頭を下げ、私は学園を後にした。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
校舎の影で、綾小路は小さく息を吐いた。
「秋月燈由、か……」
テレビで何度も見た顔。
だが、画面越しとはまるで違う。
生身の存在感。
揺るがない瞳。
「テレビより可愛いな……」
思わず零れた感想は、風に紛れた。
スマートフォンを取り出す。
「もしもし、樹?」
通話相手は、近衛樹。
幼馴染であり、親友であり、時にライバル。
「今日ね、とっても可愛い子に逢ったんだよ。まさか国民的アイドルが受験してたとは思わなかった。」
電話口の向こうで、興味深げな声がする。
「……ああ。でも彼女、俺に全然靡かなかった。」
苦笑する。
これまで、彼に好意を示さない女子はほとんどいなかった。
だが秋月燈由は違った。
打算も媚びもない。
必要だから頼み、無理なら引く。
それだけ。
「珍しいだろ?この俺に連絡先を断られても動じないんだ。」
少し、悔しい。
少し、面白い。
「彼女には手を出すなよ。色々と面倒になりそうだ。」
そう言って電話を切る。
空を見上げる。
春の光が眩しい。
今年は生徒会長選に出るつもりだ。
話題性。
発信力。
影響力。
秋月燈由は、その全てを持っている。
――味方にできれば強い。
だが。
あの瞳は、簡単に誰かの色には染まらないだろう。
「新年度、か……」
綾小路は小さく笑う。
波乱の予感。
けれどそれ以上に。
胸が高鳴っていた。
◇ ◇ ◇
帰宅した私は、玄関を開けるなり母に抱き締められた。
「どうだったの!?」
「受かったよ。1129番。」
母の目に涙が浮かぶ。
「良い肉の日ね……!」
そこ?
でも、そんな母が好きだ。
今夜は回らないお寿司。
けれどきっと、これからの学園生活は回らないどころか、目まぐるしく回転する日々になるだろう。
器物破損少女の問題は、まだ完全に終わったわけではない。
綾小路先輩という存在も、どう転ぶか分からない。
けれど。
私は首席で入学し、首席で卒業する。
そう決めた。
星城学園という舞台で。
アイドルとしてではなく、
一人の秋月燈由として。
新しい物語が、今、静かに幕を開けた。




