第100話 夢二刀流
医療ドラマ【ドクターS】の反響が続く中、燈由の日常はこれまで以上に忙しさを増していた。
星城学園の授業、芸能活動、そしてドラマ撮影。
その合間を縫って――彼女は、ある「新しい課題」に向き合い始めていた。
◇
放課後の教室。
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窓際の席に座り、静かに一冊の分厚い本を開く燈由。
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その本の表紙には――
「六法全書」と書かれていた。
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「……重いですね」
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ページをめくるたびに、紙の厚みがずしりと指に伝わる。
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(物理的にも、内容的にも)
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〈両方です〉
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脳内に響く、イリスの落ち着いた声。
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「……医学書よりも読みにくい気がします」
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〈条文構造に慣れていないためです〉
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「……なるほど」
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机の上には、もう一冊。
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今度は医学書。
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解剖図が精密に描かれている。
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「……両立は非効率では?」
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〈いいえ〉
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「……そうですか」
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〈むしろ相互補完関係にあります〉
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「……医師と弁護士」
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小さく呟く。
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人の命を救う仕事。
人の人生を守る仕事。
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どちらも重い。
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だが――
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「……興味はあります」
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その言葉に、イリスは即座に応じる。
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〈では、実践形式の学習を開始します〉
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「……実践?」
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〈はい〉
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その夜。
燈由の自室。
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机の上には、ノートと参考書。
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そして――
タブレット端末。
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〈ケーススタディを提示します〉
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画面に表示されるのは、ある症例。
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交通事故による外傷患者。
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「……これは」
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〈医療と法の両面から分析してください〉
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「……了解です」
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まず医学的判断。
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「出血部位はここ……優先順位は止血」
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ノートに書き込む。
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続いて――
法的視点。
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「……過失割合」
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「救急対応の義務」
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条文を確認する。
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ページをめくる音が部屋に響く。
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「……医療行為と責任の境界」
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ペンが止まる。
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「……難しいですね」
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〈当然です〉
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「……ですが」
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再びペンを走らせる。
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「理解はできます」
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〈進捗良好〉
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翌日。
星城学園の空き教室。
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「……何やってるんだ?」
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ドアから顔を出す近衛 樹。
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その後ろには綾小路 英隆。
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「勉強です」
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机の上には――
医学書と六法全書。
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「……いや、方向性おかしくないか?」
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「医者と弁護士同時にやる気か?」
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「……検討中です」
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「検討で済むレベルじゃないだろ」
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「普通どっちかだぞ」
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「……効率は悪いですが」
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「不可能ではありません」
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「いや発想がすでにおかしい」
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英隆が六法全書を手に取る。
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「これ全部覚えるのか?」
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「……必要な部分を優先します」
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「医学書もあるしな……」
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樹が呆れたように笑う。
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「……ドラマの役作りも兼ねています」
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「それなら納得……いややっぱ納得できない」
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その日の放課後。
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再び自室。
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〈次は実演訓練です〉
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「……実演?」
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画面に表示されるシナリオ。
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“模擬法廷”
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「……弁護士役ですか」
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〈はい〉
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「……了解しました」
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姿勢を正す。
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「弁護側として主張します」
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声のトーンが変わる。
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落ち着き、かつ説得力のある話し方。
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「本件において、被告の過失は限定的です」
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論理を積み上げる。
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「状況証拠から見ても――」
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言葉に迷いはない。
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〈良好です〉
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「……演技と似ていますね」
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〈共通点があります〉
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さらに――
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〈次は医療実演〉
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画面が切り替わる。
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手術シミュレーション。
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「……こちらの方が慣れています」
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器具の操作をイメージ。
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判断。
処置。
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「……ここで止血」
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迷いはない。
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〈精度向上中〉
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訓練が終わる。
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椅子にもたれ、軽く息を吐く。
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「……疲労はあります」
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〈当然です〉
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「……ですが」
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少しだけ口元が緩む。
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「面白いですね」
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〈それは良い傾向です〉
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医師か。
弁護士か。
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どちらか一つでも難しい道。
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だが――
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燈由は、両方を見据えている。
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「……まだ決める必要はありません」
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そう言いながらも、手は止まらない。
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ページをめくる。
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知識を積み重ねる。
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その姿はまるで――
未来を同時に掴もうとする者。
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医療と法律。
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二つの世界を行き来しながら、
燈由は進み続ける。
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その選択がどこへ繋がるのか。
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それはまだ誰にも分からない。
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だが一つだけ確かなことがある。
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彼女は――
止まらない。
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新たな挑戦は始まったばかり。
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未来への二刀流は、
さらに加速していくのだった。




