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現れた闇の断片

「何を話していたの?」

「え?」

 突然の問いかけに、何の事かと聞き返す。

「あの男よ。私が戻った時、二人きりだったでしょ。何か余計な事吹き込まれてたんじゃないでしょうね」

「ち、違うの。あの人はただ、私を励まそうと…」

「励ます?」

 今度こそ声色に不機嫌が混じったのを感じた仁梧は、きゅっと首を竦める。

「仁梧、あなたわかってるの?あの男は典祓庁(てんぱつちょう)の人間なのよ?向こうは何とかして私達を利用できないか、常に探っているの。馴れ合っていい事なんて一つもないわ」

「わ、わかっているわ。でも、その…」

 影を帯びた深緑の目を思い返す。何を考えているのかわからないのに、不思議と嫌な感じはしないと感じているのは自分だけなのだろうか。

「…ごめんなさい。以後気をつけます」

「わかればいいのよ」

 それにしても、と苛立たしげに爪を噛みながら和梧は言う。

「黒幕の異能者はともかく、(あや)まで居所が掴めないなんて只事じゃないわ。結界にも引っかからないんでしょう?」

「当初の場所から範囲を広げてもみたんだけど、依頼のものに該当しそうなレベルの妖は感知できなかったわ。逆に範囲を狭めて感度を上げる事もできるけど…」

「それが黒幕の狙いだとしたら、結界の外に(あや)を出現させられて被害の範囲が広がりかねない。できれば避けたいわね」

「ネズとミミはまだ戻らないの?」

 逆に尋ねられ、和梧は首を横に振って否定を示す。

「ネズの分身から一度報告は来たんだけど、こっちも同じく異形の臭いだらけで判別がつけられないらしいわ。そこも気になるのよね」

 確かに、と仁梧も考え込む。

 当然の話だが、異形も人と同じで纏う妖気や邪気で強さが計れる。普段の妖祓いなら、感知機能を持つ仁梧の結界や索敵に長けた和梧の式神で見つける事はそう難しい事ではない。人ならざるものに対する気配察知の精度が自身の数少ない強みだと思っている仁梧にとって、獲物を炙り出せない今の状況は屈辱のような感情を抱かせた。

 その時、ふとある策を思いつく。しかし、それが実現できるのかと問われれば力強く頷く事はできない。どうしたものかと悩んでいると、何故か透の言葉が頭を過った。

─君に足りないのはとにかく自信だ。環境がそうさせた事には同情をせざるを得ないけど、異能者としてこれからを生きていくつもりがあるならもっと自己肯定感上げねぇと妖に付け込まれるぜ

(自信…)

「あの、和梧…一つ考えがあるのだけど」

「考え?」

 いつもならあり得ない妹の発言に眉を(ひそ)める和梧だったが、次第にその目は驚きに見開かれていった。



 月が雲に隠れ、町に闇が訪れる。その真下、マンションとマンションの間の路地に何かがうごめく影があった。

「そこで何しているの?」

 少女の声が闇に響く。同時に雲が風に吹かれ、再び姿を現した月の光に照らされて影の正体が明らかになった。

 黒いスーツを着た男。肩には朱色の布地で典祓庁(てんぱつちょう)徽章(きしょう)がある。男は(しばら)く黙り込んでいたが、にこりと笑みを浮かべて言った。

「何をだなんて。見ての通り、任務中ですよ。指令を受けて、(もう)を祓って回っているんです」

「そう。で?()()があなたの式神?」

 指差された先に目をやり、男はええと頷く。

「すみません。町中(まちなか)だと目立ちますよね」

 ばさっと羽音がしたかと思うと、男が差し出した腕に何かが止まった。子供の身の丈ほどもあろうかという大きさの鳥に似た生き物だが、その頭は猿に似ており尾は蛇のような異形の姿をしていた。

「その式神、あなたのものなら当然典祓庁(てんぱつちょう)に届け出は出してるのよね?」

「…勿論ですよ」

「そう、ならいいのよ」

 にこっと笑みを返した和梧は、すぐに目を鋭く細め霊気を練った。

「絡め、巳式(みしき)!」

「!」

 しゅるりと足元に何かが絡みつく感覚に、男はばっと懐から呪符を出す。次の瞬間、辺り一帯が煙に包まれ金切り声のような音が鳴り響いた。

「クナ!」

〈残念、あと一歩だったんだけどねぇ。お相手さん、言葉通り化けの皮を剥いだようだよ。(あたし)を前になかなか洒落が効いた事するじゃないか〉

「くだらない事言ってないで次に集中して!来るわよ!」

 (へび)の式神クナの軽口を一蹴し、印を結んだ和梧は煙の中から飛び出してきた異形を避け(あらかじ)め呼び出しておいたトラの背中に乗って近くの民家の屋根に上る。

〈キエエエエエッ!〉

 先程よりも一回りほど大きくなった鳥型の(あや)が奇声を上げて上空を舞っている。側のマンションの壁にはヤモリのような(あや)が張りついており、和梧に向かって飛びかかってきた猿の姿をした(あや)はこちらに向けてしゃーっと牙を剥いていた。

 猿型の(あや)の傍らに立つ男が持つ呪符の紋様を見たクナは、絡みついていた和梧の左腕からちろちろと舌を出して言った。

〈成程。複数の(あや)を敢えて一つに纏めて、(まじな)いで無理やり弱体化させてたのか。そりゃ感知に引っかからない筈だねぇ。どうやって見抜いたんだい?〉

〈ほっほ。これは主の策ではありませんよ〉

〈何だって?〉

 和梧の背に捕まる形でトラに乗るましらの言葉に、クナは不審そうに首をもたげる。しゅるしゅると和梧の首元へ巻きつき、赤く充血した目で彼女を凝視して語りかけた。

〈このあたしを主のあんた以外の命令に従わせたってのかい?こんな屈辱はないねぇ。あたしは今、心の底から傷ついているよ〉

「そういう発言は心から従ってるものが言う事よ。隙あれば寝首掻こうとしてる誰かさんには関係のない話でしょ」

 これ見よがしに悲しんでみせるクナの言葉を呆れたように否定し、不気味に笑いながら佇む男を見下ろす。

「呪詛で力を抑えて、霊気の質を変える能力。随分厄介で便利な術式を持ってるのね。一応聞いてみるけれど、その制服の()()()()()()は今どこにいるのかしら?」

「それを聞くのは野暮だとわかっているんじゃないのか?一つ言えるのは、恐怖に塗れた顔は傑作だったという事くらいだよ」

「屑が」

「悠長に悪態をついている場合か?今この町には、俺が手を加えた(もう)が大量に潜んでいる。俺の合図一つでそいつらは融合し、(あや)へと昇華する。そうすれば、町中に散らばっている典祓庁(てんぱつちょう)の連中はどうなるかな?」

「狙いは一般人ではなく異能者。つまり、あなたの能力は他者から霊気を…いえ、術式を奪う事もできるとでも言いたいのかしら」

「ご推察の通り。俺の目的はより多くの術式を集める事だ。(きた)る災厄の到来に向けて、ね」

「災厄の到来?」

〈主!〉

「!」

〈キイイイイイッ〉

 後ろから襲いかかってきた鳥型の(あや)をトラが避ける。その先にいたヤモリのような(あや)もこちらに向かってくるが、これも間一髪で躱し逆に鋭い爪で首を落とす。

〈キィッ、キィッ!〉

〈うるせぇ猿公(えてこう)だな〉

 俊敏な動きで民家の壁や屋根を動き回る猿型の(あや)に苛立つトラ。対して和梧は冷静に霊気を練り続けていた。

「馳せろ、午式(ごしき)!」

〈はっはー!久しぶりに暴れてやるぜ!〉

 (うま)の式神を呼び出すと、現れるなり猿型の(あや)に向かって突進し鋭い蹴りを入れる。真正面からそれを食らった(あや)は、断末魔を残して弾け飛んだ。続けざまに手駒をやられ、男の顔には焦りの色が浮かぶ。

「チッ、少し早いが仕方ない」

 別の呪符を取り出し、地面へ張りつけると男を中心に術式の陣が展開された。そのまま陣は四方へと伸びていき、それに比例して妖気が濃くなっていくのがわかった。

〈おい、主〉

「大丈夫」

 和梧がそう言った瞬間、男の体がびくりと固まる。

「な、ん…」

 訳がわからず辛うじて動く目で上を向けば、鳥型の(あや)が空中に作られた銀色の箱に閉じ込められているのが見えた。そして自身の体にも目を向けると、まるで薄皮一枚のような銀色の膜が体を覆っている。

 何が起こっているのか理解できないまま、男の視界の中で鳥型の(あや)がクナに絞め殺され、それを最後に男の意識は途絶えた。

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