不穏に混じる和らぎ
「───とまあ、経緯はこんな感じだな。初めはただの魍だった筈なんだが、異常なスピードで邪気を吸って禍化した」
透から禍の情報を聞いた和梧は、口許に手を当てながら顔を顰める。
「あり得ない。こんな短期間で禍に、それも複数同時に進化するなんて。何か外的要因があるとしか思えない。つまり禍の討伐は口実で、こっちが本命だったわけね」
「そゆこと。飲み込みが早くて助かるぜ」
「あの…」
遠慮がちに話に入ろうとする仁梧に、和梧はため息をついて説明する。
「禍が発生する条件、わかるわよね?」
「え、ええ。戦禍の後に現れるような現世と常世の境から零れた穢れに魍や魎が結びついたもの、本来神や精霊の類だった存在が悪意に晒され堕ちてしまったもの。そして…」
そこまで答えた仁梧は、はっとする。
「…異能者が呪詛を用いて、意図的に魍や魎を禍へ昇華させたもの」
「そう。異能を持つ者全てが力を正しく使うとは限らない。実際、更なる力を求めて禁忌を犯そうとする馬鹿は後を絶たないわ。今回も、このチャラ男の報告を聞くに裏で糸を引いている異能者がいる筈よ」
「チャラ男はねぇだろ。"透さん"って呼んでくれていいんだぜ?」
「黙れクソ親父」
「ちょ、それ"とおさん"違い」
気安い態度で絡んでくる透を容赦なく一蹴する和梧。その様子を仁梧は不思議な気持ちで見ていた。異能の名門、祓戸家。その次期当主である和梧にこんな風に接する人間は、少なくとも仁梧の知る限りではいない。学校でも特別視されているらしいので、透の存在は新鮮に映った。
「全く…でも、これで合点がいったわ」
「え?」
「私達を呼んでおいて尚、討伐局の人間がこれだけいるなんて不自然だと思ったのよ。ここに着いた時点で単なる妖祓いじゃないとは思ったけど、まさか異能者狩りに駆り出されるとはね。要請を出した段階でこの事を伏せるようにしたの、あなたの入れ知恵でしょ」
「え~?何の事かな?」
白々しく惚ける透を睨み見ながら、和梧は諦めたように息を吐く。白く昇っていくそれが、仁梧には和梧の苛立ちの固まりに見えた。
それよりも、と窺うように口を開く。
「あの、和…御前。どうしてここにいるのが討伐局?の人達だってわかったの?界野さんは庶務局所属でしょう?」
「これよ」
と、和梧が指差しているのは透の肩章。制服の肩に縫いつけられている灰色の布地には、三つ巴を囲むように結び紐、そして直角に交差した正方形の図形が刺繍されていた。
「このマーク…徽章が典祓庁の紋章。そして肩章の色で所属がわかるようになってるのよ」
「色で?」
「そ。例えば、庶務局は見ての通り灰色。討伐局は朱色。禍の研究や、儀式的な事を管轄する祓術局は確か白、だったかしら」
「へぇ、随分勉強してるんだな。俺達とは関わりたくなかったんじゃなかったっけ?」
「関わりたくないから情報を集めるのよ。敵の手の内を知るのは妖祓いの基本でしょ」
「ひでぇな。俺達は異形と同じ括りかよ」
「とにかく、禍以外に黒幕の異能者を探さなきゃいけないならやり方を考える必要があるわ」
透の軽口は完全に無視し、和梧は「ましら」と十二支の申を呼び出す。
〈ほっほ。これはこれは、お役人様と連れ立っての務めですか。時代は変わりましたなぁ〉
「馬鹿言わないで。私がこいつらと馴れ合った覚えはないわ。少し本気を出したいの。手伝って」
〈勿論ですとも。本気、という事は彼らを使うおつもりですかな?〉
「ええ。まずは獲物を炙り出す。ネズ、ミミ」
ましらと段取りを確認した和梧は、続いてネズとミミも顕現させる。
〈あれ~?ミミと一緒って事は、今日は探し物の日かぁ〉
〈何か不服なら、私だけでもいいと思いますの〉
〈ほっほ。お二人ともそう言わず、今宵は大物の予感ですぞ〉
「ましらの言う通りよ。この近辺で、禍を操っている人間がいる筈なの。それを探してきて」
〈了解!〉
〈わかりましたの〉
ぴょんと闇の中へ消えていくネズ達を見送ると、今度は仁梧の方を振り返った。
「影前、あなたはいつも通り結界でこの辺り一帯を守って。魍や魎は典祓庁の連中に任せていいわ。私達は禍と異能者の討伐に集中するわよ」
「は、はい」
「えーっと、さっきから俺ずっと空気扱いなんだけど?」
「気をつけなさいよ。異能者だけじゃない。典祓庁だって、絶対に味方ってわけじゃないんだから」
「おおう、マジで手厳しいな」
真逆の空気を纏う二人を前に仁梧はどう振る舞っていいかわからず、辛うじて和梧の指示に頷く事しかできなかった。
*
「…あの」
「ん~?」
「どうしてあなたがここに?事情はお聞きしたので、もう現場を離れて頂いて構わないのですが…」
慎重に言葉を選んだつもりだが、何故か相手は楽しそうに笑っている。
「次期当主様も大概だけど、露払いの影前様もなかなか言うねぇ」
「あ…気を悪くさせるつもりじゃ…」
「あー、大丈夫。わかってるわかってる」
慌てる自分を宥めながら、透は顔を覗き込むように身を屈める。
「確かに俺の仕事は仕事内容の依頼と説明、それから追加事項の交渉だ。それが終わったんだから、後方支援の俺にできる事はもうない。だからここからはちょっとした好奇心だよ」
「好奇心?」
「俺は興味があるんだ。双御祖の再来と言われる双子の姉妹にね」
「っ…でしたら、私のところではなく御前の側にいた方が…」
「それだよ」
ぴっと指を指され、思わず黙り込む。
「君達を知ってる人間は、みんな御前の方ばかり褒め称えてる。祓戸家の次期当主に相応しい力を持った優秀な異能者だ、ってね」
「それは…事実ですから、当然の事ではないかと」
「本当にそうかな?」
「え?」
俯いていた顔を上げると、すぐ近くで目が合いどきりとする。
「俺の見立てじゃ、君はまだ力を使いこなせていないだけで目覚めれば御前と同じ、いやそれ以上の逸材になれると思うけどね」
「そんな…私なんかが御前よりも優れているなんて、あり得ません」
「それは君が露払いだから?」
「っ、わかっているならわざわざ意地悪な事を言わないでください…!」
咄嗟に声を荒げてしまったが、すぐに我に返り頭を下げる。
「すみません。失礼な事を」
「いや?立場を思えば、むしろ俺の方が懲戒モンだろ。まあ、誰かさんが黙っててくれたら上からどやされずに済むんだけど?」
にやりと悪戯っぽく笑う顔が急に少年のように思え、仁梧は数秒の沈黙の後に自然と込み上げてきた息を吐くようにふっと笑みを零した。
「お、もしかして今笑った?残念だなぁ。紗がなきゃ、可愛い笑顔が拝めたっていうのに」
「界野さんって、お世辞が得意なんですね。それもお仕事だからですか?」
「口が上手いのは否定しないけど、今のは本音だったんだけどなぁ。まあ、あれだよ」
今度は妹を見る兄のように優しげに目を細める。
「君に足りないのはとにかく自信だ。環境がそうさせた事には同情をせざるを得ないけど、異能者としてこれからを生きていくつもりがあるならもっと自己肯定感上げねぇと妖に付け込まれるぜ」
「自信…そんなものを持てるほど、私は…」
「だーいじょうぶだって。少なくとも、ここまでの会話で俺は君の力をひしひしと感じてるぜ?」
「?」
言っている意味がわからず首を傾げる仁梧だったが、意味深に微笑む透に何を聞いても答えてもらえる気はしなかった。




