界野透という男
「よお、こないだはどうも」
「あ、あなた…!」
涼しげに手を振る相手に和梧は今にも噛みつかんばかりの殺気を出し、仁梧は目をまんまるにして立ち尽くした。
*
「典祓庁から?私達を指名、ですか?」
訝しげに眉根を寄せる娘に、椋礼は難しい顔で頷く。
「先日のお前の活躍ぶりを見て、是非とも力を貸してほしいとの事だ。現時点で複数の禍が確認されているらしい。討伐自体に問題があるとは思えんし典祓庁に貸しを作れるのはいいが、奴ら直々に指名が入ったのは気になるところだ」
「それほど胡散臭い話ならば、断っても良かったのでは?ただの討伐であれば、一族や傘下の人間を派遣すれば…」
「宮内庁を介しての依頼なのだ」
その言葉に、和梧は思わず口を噤む。後ろにいた仁梧も内心で驚いていた。
祓戸家は代々時の帝、つまり天皇家に仕えてきた。遥か昔、まだ京都に都があった頃は御所の近くに屋敷を構え、時代が変わり元号が明治となって主が移ると同時に拠点を変え新たに都となった東京へとやってきた。
その後百年以上をかけて政の権限は完全に政府のものになったが、祓戸家が忠誠を誓う相手は変わらず天皇家のままだった。国家に従えという国の圧力にも屈さない姿勢は政府から見れば厄介な相手なわけで、故に政府の機関である典祓庁との関係は正直なところ良好とは言えないのだ。
「よりによって宮内庁に…」
苦々しい顔で吐き捨てる和梧。
異能を持つ以上、異能者を管理する典祓庁に祓戸家の人間の名前も登録はされている。それは仁梧や和梧とて例外ではない。だが先述の事情もあって、一部を除き祓戸家の人間が自主的に妖祓いをするのではなく典祓庁の要請を受けて動く事は異例と言えた。
その異例を実現させるために自分達の主を利用されたのだ。和梧の不満は当然だろう。ぎゅっと膝の上で拳を握り締める彼女を見た椋礼も、重い声で言う。
「奴らが何を考えているのかはわからぬ。だが、やる事はいつもと変わらぬ妖祓いだ。先程も言った通り、典祓庁の動きには重々注意しつつ務めを果たせ。良いな。御前、影前」
父からの言葉を受け、二人はすっと頭を下げた。
*
「───父上の言う通り、こっちを値踏みする視線が鬱陶しいわね」
送迎の車から降りた和梧は、さっと周りに目を配り煩わしそうに顔を歪める。その気配を紗の下から感じ取った仁梧も、この場に漂う異様な空気に居心地悪そうに胸元の装束を握り締めた。
前回要請を受けた時は、祓戸本家ではなく傘下の人間が来ると思っていたところに自分達が赴いたのでかなり驚かせたらしいと和梧から聞いた。
こちらとしては祓戸の圧倒的な力を目の当たりにさせて格の違いを見せつけ、おいそれと関わっていい存在ではないのだと示したかった意図があったのだが、どうにも効き目が強すぎたようだとも話す片割れに仁梧は改めて自分が外の世界の事を何も知らないのだと表情を曇らせる。
次期当主の和梧を守る為、露払いとして育てられてきた仁梧は妖祓い以外に屋敷の外へ出る事を禁じられている。こうして紗をつけているのも、目の色でどちらがどちらかわからないようにする為だ。尤も、和梧との性格が違い過ぎるせいで喋っているところを見られたらすぐにバレてしまうのだが。
「仁梧?」
名を呼ばれ、はっと顔を上げる。こちらを見る和梧の表情は見えないが、自分がそうであるように彼女も自分が今情けない顔をしている事を察しているのだろう。その証拠に、和梧からぴりっとした空気を感じる。
「何だ、こりゃまた随分険悪だな」
「「!」」
ばっと二人で正面を見る。
「よお、こないだはどうも」
「あ、あなた…!」
そこに立っていたのは、先日屋敷に侵入してきた典祓庁の男だった。
何事もなかったかのようにひらひらと手を振る男に和梧は警戒心を露わにし、仁梧は驚きのあまりどうしていいかわからず男を見つめる。前回と同じく対照的な反応を見せる二人に、男は爽やかな笑みを浮かべた。
「まあまあ、そんな目で見るな…って、顔はわかんねぇか。言ったろ?正式な挨拶は改めてさせてもらうって」
そう言うと、男は綺麗な所作で敬礼をした。
「神異対策庁改め、典祓庁庶務局渉外課界野透。階級はしがない一般典史であります」
「渉外課…あなたが?」
疑わしげな顔で自身を見る和梧に、透は改まった態度を解きにやりと笑う。
「何だよ、何か言いたげだな」
「別に。典祓庁外の異能者と仕事の話をしなきゃいけない部署にあなたみたいなチャラついた人間がいるのが信じられないだけよ」
「随分な言い草だな。一応コミュニケーション能力の高さを買われて配属されてんだぜ?まあ、本来の仕事は妖祓いの段取りを調整する役回りだった筈なんだけどな。人手不足なのはしゃあねぇけど、ホント人使いが荒いんだよこの組織」
肩を竦める透に、和梧ははっと鼻を鳴らす。
「複数の禍が出たくらいで私達みたいな代々続く異能の家系を頼らなきゃいけないなんて、足りないのは人手じゃなくて一人当たりの実力なんじゃないの?」
「言うねぇ。ま、否定はしねぇよ。階級持ちのお歴々は常に全国を飛び回って討伐に当たってるからな。ここ数十年の異形の活動活発化は、異能者の間では最早社会問題モンだ。一体ごとの力も年々増してる。だからってんじゃねぇけど、少なくとも俺達典祓庁としては一族クラスの異能者の皆々様とは仲良くさせて頂きたいんですがねぇ」
「他の家がどうだか知らないけど、祓戸家が仕えるのはあくまでも帝よ。そういう話がしたいが為の今回の指名だったのなら人選ミスよ、残念だったわね」
「ってのが御前様のお答えみてぇだけど、君はどう思う?」
急に話を振られ、仁梧は逃げるように一歩後ろへ下がる。
「ど、どうって…」
「祓戸家と典祓庁はもっと歩み寄る必要があるんじゃないかって話さ。ウチとおたくが結びつきを強めれば、最悪の事態に備えられると思わない?」
「ちょっと!人の妹に妙な事を吹き込まないで!」
ばっと二人の間に入った和梧は、とんと透の胸元を指で突きながら険しい声で詰め寄る。
「今日私達は討伐の応援要請を受けて来ているの。さっきも言ったけど、政治的な話がしたいなら現当主、最低でも次期当主である私を通すのが筋でしょう?」
「それは失礼。何せ顔が見えねぇから双子のどっちがどっちかわからなかったもんでね」
「っ」
揚げ足を取るような事を言われ、ぐっと押し黙る和梧に仁梧は戸惑う。仁梧にとって、和梧は祓戸次期当主としての責任感と人々を異形から守るという正義感に溢れる憧れの存在だ。常に堂々としていて、父親以外との会話で言い負かされるところなど見た事がない。先日も思ったが、やはり彼は只者ではないと透を見つめる。
すると視線を感じたのか、透も仁梧に視線を投げる。深い緑色の目は翡翠のように美しいが、その瞳の奥にはどこか影のようなものを感じた。
「んじゃ、挨拶も済ませたところで肝心の仕事の話といきますか」
仁梧がそんな事を考えていたとも知らず、透は明るくタブレット端末を掲げてみせる。悔しげな様子の和梧を気にしながらも、仁梧は問題なく務めを果たそうと気を引き締めるのだった。




