絡み合う思惑
蛍光灯が点いている筈の会議室は、その空気の重苦しさから薄暗く感じる。
「此度の件。清澄野の天澄神社、清澄大神の禍化への対処について、異能の過剰行使があったと報告にはある。その事実に心当たりは?」
「異能を使った事は認めますが、過剰であった事については異議を申し立てます」
窓際に置かれた長机。その後ろの壁には典祓庁の紋が入ったパネルが掛けられている。机には祓術局、討伐局、庶務局から代表して一人ずつ席に着いており、向かい合うように"罪人"が一人立つようにできている。
否が応でも威圧感を感じざるを得ない雰囲気の中、和梧は真っ直ぐに背筋を伸ばし凛とした表情を崩さず答えた。
「あのまま暴走が進めば、封鎖範囲を越えて市街地に甚大な被害が起こると判断しました。迅速に鎮める為に…」
「その"迅速"の為に未だ制御下にない力を行使した、と?」
「辰式でなければ止める事は不可能と、そう思っただけです」
「その結果、貴殿は力を暴走させあわや土地神を殺しかけた。土地神殺しが重罪である事は"祓戸"である貴殿の方が重々承知している筈だが?」
嫌味の混じった問いにも、和梧は眉一つ動かさない。
「仰る通りです。ですが、また同じ場面があれば私は同じ事をするでしょう。それほどの事態でした」
そう言い切る和梧に机の三人は顔を見合わせ、互いに頷き合う。仰々しい空気を醸し出しているがこれは形式だけのやりとり、既に結論は出ているのだろう。
その時、会議室の扉が控えめにノックされた。全員の視線がそちらへ集中する。
「失礼致します。庶務局渉外課、界野典史です。現在査問中の件について、少々お話よろしいでしょうか?」
「入れ」
影のようにするりと入ってきた透は、いつもの調子で敬礼をする。
「今し方、お三方のタブレットに提案書を送らせて頂いたのですが…」
その言葉を聞いた査問官達は、手元の端末に目を落とす。
「今回の案件、通常対応と同じく現場指揮は討伐局、結界維持は祓術局、そして該当地域封鎖等の外部対応は我々庶務局が担当しており、祓戸家に応援要請を出したのは事態が想定以上に深刻になってからでした。こちらとしても、要請をかけるタイミングに落ち度があったかと。現場に出ていた身としては、彼女一人に全責任を負わせるのは典祓庁の面目も立たないものと思われます」
「だが、結果として危険な術式を使った事に変わりは…」
「ええ。ですから全面的に責任を免除しろとは言いません。ですが…」
にこりと爽やかな、けれどどこか強制力のある笑みが向けられる。
「祓戸家の次期当主をこのタイミングで謹慎、つまり前線から外す事は得策とは言えない。特に今回の場合、あの禍環会が関わっている線が濃厚と見られています。天下の祓戸に隙ができたと知られれば、向こうはここぞとばかりに仕掛けてくるでしょう。上層部としては都合が悪いんじゃないですか?そういう"弱み"が晒されるのって」
一番年嵩の男が、ほんの僅かに眉を動かす。どうやら図星らしい。
数秒沈黙が流れ、いいだろうと別の一人が咳払いをして言った。
「ではこうしよう。被問者は当面単独裁量の範囲を縮小。以後、現場における行動には当庁が指名する監督者をつけさせてもらう。これなら、庁内及び外部の異能者達の不満も抑えられるだろう」
「監督者?」
ここで初めて和梧の顔が訝しげに顰められる。年嵩の男がふむ、と頷いた。
「界野典史だったな」
「はっ」
「今回の討伐記録を作成したのも君だったな。この提案書もよくできている。君が適任だろう。現場運用を熟知していて、何より祓戸家と繋がりもある。異論は?」
「異論だなんてそんな。精一杯務めさせて頂きますよ」
場の空気に合わない軽い調子の声が返る。刺すような視線を和梧から浴びるが、いつもの事だと受け流す。
「…つまり、私は今まで通り妖祓いができるわけですね。この男の監視付き、という条件で」
「監督、な。言葉って大事だぜ、御前」
「っ」
ぷいっと顔を背けられ、くっと喉が鳴る。一瞬だけ見えた悔しそうな顔は、次期当主という肩書きなどない年相応なものに見えた。
*
「御前!」
会議室を出ると、廊下のソファで待機していた仁梧がぱっと駆け寄る。心配で堪らないと言った表情に足が止まりかけるが、すぐにまた歩き出した。
「大丈夫よ。処分は実質保留になったわ。この男が監督してくれるお陰でね」
"監督"という言葉を強調する和梧に透は笑いを堪える。対して仁梧は、驚いたように透を見た。
「透さんが、ですか?」
「ま、何か成り行きでな」
「成り行き、ね」
肩を竦める透に、和梧ははっと鼻を鳴らす。
「そうかりかりすんなって。典祓庁としての思惑はともかくとして、俺個人としては別に君を縛りたいわけじゃないさ。むしろ逆」
「逆?」
「君がまた力を暴走させるような事になったら、今度こそ上は次期当主の実力不十分って事で祓戸全体を取り込もうとしてくる。俺が横についてれば、"ああ、一応ちゃんと管理されてるんだな"って周りは思うだろ?俺も仕事してるってとこを見せられるしな。持ちつ持たれつってやつだよ」
「要するに、あなたの点数稼ぎに利用されるってわけね」
「そう取るならそれでもいいぜ。結果として君は今まで通り前に立てるんだ。まあまあ悪くない話だろ?」
自虐的に笑う和梧にそう言えば、それまで歩き続けていた足が止まる。
悔しさがないわけじゃない。けれど、ここで家ごと立場を危ぶめるよりはずっといい展開だ。責任感の強さ故頭に血が昇りやすい和梧だが、それを理解できないような愚か者ではない。
「…わかったわよ。だったら、次こそ証明してみせるわ。私の価値を私自身の手で」
「いいねぇ、その意気だ。"監督者"として期待してるぜ」
にやりとした笑みで煽ると、小さな声で「上等よ」という言葉が返ってきた。
「───ありがとうございました」
書類の手続きの為に庶務局へ行った和梧を待っている間、仁梧は透に頭を下げ礼を言う。
それに対して、透は何がだ?と惚けてみせた。
「廊下で待っている時、行き交う人達が噂しているのを聞きました。本当なら、もっと重い処分だっただろうって」
「そりゃな。土地神相手にあんな暴走龍ぶつけたんだ。典祓庁の人間だったらまず間違いなく窓際送り、いくら天下の祓戸家でもただじゃ済まない。けどな…」
周りを見回し、わざとらしく声を潜める透に、仁梧は耳を近づける。
「"祓戸の次期当主が任務に失敗して処分食らった"なんてニュース、ぶっちゃけ表沙汰にしたくない連中が上にいるんだよ。ほら、ごく少数だけどおたくの一族でウチにいる人間もいるだろ?だから"監督下に置く"っつー落としどころがちょうど良かったんだよ。俺はそんな上の考えを察してそれとなく立候補しただけ。つまり、ウチの都合ってわけさ」
「そっちの、都合…」
「そ。政治ってやつだな。やだねぇ、汚い大人同士の腹の探り合いって」
大袈裟に両手を上げて首を振る透の姿は、いつも以上に軽く振る舞っているように見える。それが逆に心配するなと元気づけられているようで、仁梧はそれまで力が入っていた肩肘がふっと軽くなるのを感じた。
「…ありがとうございます」
「だーから、礼を言われるような事じゃないんだって」
ぽんと頭に置かれた手は、いつだったか同じように撫でられた時よりも温かい気がした。




