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そして近づく

「───そんな、事が…」

 透の口から語られた過去に、仁梧は何と返せばいいのかわからなかった。それを察したのか、透は敢えて明るい調子で言った。

「影渡りの異能は、俺の感情を食って発動する。あの時、俺は我を失って影渡りを暴走させた。その反動だったんだろうな。今日あの扉を見るまで、ずっと忘れてたよ。"廿五計画"の事を」

「"廿五計画"…」

「耀が何を知って、何をしようとしていたのかはわからない。ただ、今回この任務の資料を見た時から妙な既視感はあった。思えば、あの頃から…いや、もしかするともっと前から計画は存在していたのかもしれない。(あや)と結託する異能犯罪者。その標的が今は一般人じゃなく俺達異能者になったんだとしたら、色々納得がいく。多分だけど、"廿五計画"には段階があるんだ。その最終目的に"二十五番目の存在"がある。それを使って何をしようってのかは、これから慎重に調べる必要があるな。何せ、耀の言葉を信じるなら常闇に政府の人間がいるのが確定しちまったんだからさ」

 透の言葉に仁梧も頷く。同時に和梧が口にしていた切原への不信感も思い出し、改めてこの任務の危険性の高さに不安を覚えた。

「まあ、耀の死が原因で全てにやる気がなくなって庶務局に異動になったのは不幸中の幸いだったのかもな。お陰で耀の近しい存在だったにも拘らず、敵さんは俺に手を出す事はなかったんだからな」

 自虐的に笑いながら懐中時計をそっとなぞる。その顔には言葉とは裏腹に影が差している。

「結局、俺はいつも間違えるんだ。よく知りもしないで言霊を使って家族を死なせて、命の恩人の忠告を碌に聞かずに託された想いを忘れちまう」

「界野さん…」

「悪いな、こんな話聞かせちまって。妹と同い年の君に聞いてもらう事で懺悔でもしたかったのかね。柄でもねぇ」

「そんな風に言わないでください」

 仁梧はそっと懐中時計を持つ手に触れる。

「私は辛い気持ちを誰かに聞いてほしいと思う事は何も間違ってないと思います。誰にも心の内を明かせない事は、とても苦しいですから」

 ほしみに会うまでの自分を思い出しながら懸命に言葉を続ける。

「きっと耀さんは、界野さんに生きてほしかったんじゃないでしょうか。常闇の目的を阻む以外にも自分の死を乗り越えてほしくて、だから願いを託したんじゃないかと…私は、そう思いました」

「影前…」

「ご、ごめんなさい。余計な事を言いました。今のは忘れてください」

 ぱっと離されてしまった手。温もりが消えていく感覚を惜しく思う自分がいる事に戸惑いながら透は言った。

「いや…そうか。そうだな。あの人なら言いそうだ」

 ふっと零れるような笑みには、大切な兄貴分への想いが籠っていた。

「ありがとな、影前。何かちょっと救われたよ。聞いてくれたのが君で良かった」

「…仁梧」

「え?」

 真っ直ぐに透を見上げる瑠璃色の目が柔らかく細められる。

「私の名前、仁梧です。界野さんにだけ秘密を話してもらうのは不公平ですから」

「にこ…いい名前だな」

「…ありがとう、ございます。御前に叱られてしまうので、私が名乗った事は秘密にしてくださいね」

 褒めたつもりの言葉は、困ったように眉の下がった顔に受け止められた。



〈仁梧、仁梧〉

 はっと顔を上げると、金色の目がすぐ近くでこちらを見ていた。

〈どうしたのさ。今日はずっとぼーっとしっ放しだね。家の奴らに何か言われた?〉

「あ…ううん、違うの。少し考え事をしていただけ」

〈ふーん。僕というものがありながら、別の奴の事を考えていたってわけだ〉

「ち、違うわ!界野さんの事は別に…」

〈へぇ。カイノっていうんだ、そいつ」

 してやったりと悪戯っぽく笑うほしみを見て自分が誘導された事を悟った仁梧は、妙な気恥ずかしさとむず痒さに襲われ無意味に両手を振る。

「違う、違うの!」

〈何が違うんだい?僕はただ、そのカイノって奴の事を考えていた事を指摘しただけだよ。仁梧の口から御前や当主以外の名前を聞いた事がなかったからね〉

「そんな事っ…は、あるかもしれないけど…」

 自身の交友関係の狭さに、否定しようとした言葉は尻すぼみになる。

 そんな自分を興味深そうに見ながらも、ほしみは乗っていた仁梧の膝の上から尻尾をゆらゆらと揺らして口を尖らせた。

〈なーんか面白くないなぁ。仁梧は僕だけの仁梧だっていうのに〉

「?勿論、ほしみは大切な友達よ」

〈そういう意味じゃないんだけどなぁ〉

 不満の色が消えないほしみに首を傾げていると、部屋の外から誰かが小走りに近づいてくる音が聞こえ、がらりと断りなく障子が開かれた。仁梧が驚いて見ると、そこには学校の制服を着た和梧が息を切らせて立っていた。

「な、和梧?どうしたの?離れまで来るなんて、学校は…」

「いいから支度して!すぐに典祓庁(てんぱつちょう)に行くわよ!」

典祓庁(てんぱつちょう)に?何かあったの?」

「例の廃施設に動きがあったの!」

「!」



「どういう事です⁉︎」

 ばんっとデスクを叩く和梧に、切原は柔和な雰囲気を崩さぬまま答える。

「あの施設にはもう祓術局(はらえのきょく)から調査員が派遣される事が決まっている。これ以上我々が関わる必要はないという事だよ」

「だったら最初から特別チームなんて大層なものを組む必要だってなかった筈です!わざわざ外部の異能者を呼んだのは、()()()()()()を避ける為だったんじゃないんですか⁉︎」

 和梧が言っているのは、自身が上げた報告書の扱われ方の事だ。切原にもうあの施設を訪れるなと言われたものの納得がいかなかった和梧は、ネズにずっと探りを入れさせていたらしい。すると昨夜、三人で見つけた地下の部屋にあった陣から妙な残滓(ざんし)が浮かび上がり、どこかへ消えていったという。

 その旨を報告書としてまとめ再び提出したのだが、それが途中で何者かによって握り潰されてしまったのだ。その事について不満を爆発させた和梧が、今こうして切原に説明を求めているというわけである。

「はっきり言わせて頂きます!私はあなたの事を信用していない!報告書を止めているのはあなただと思ってます!私達を特別チームに招集したのも、何か別の理由があっての事なんでしょう⁉︎」

「君がそう思うのも無理はない。私も、今回の上の決定には疑念を抱かざるを得ないよ。まさかとは思っていたが、上層部の中に裏切り者がいるなんてね」

「白々しい事言わないでください!こんな事が続くようなら、祓戸家は独自に調査をさせていただ…」

「はーい、そこまで」

「むぐっ⁉︎」

 殺伐とした空気に似つかわしくない明るい声が入り込む。いつの間に部屋に入ってきていたのか、怒りを抑えきれない和梧の口を塞いだ透がへらへらと笑いながら言った。

「申し訳ありません。御前と切原典佐(てんさ)の間に何か誤解があるようで。メンバー同士の円滑なコミュニケーションを図るのが役目の俺の失態です。御前には俺の方から話しておきますので、切原典佐(てんさ)はどうぞ引き続きチームの統括を」

「…そうか。君がそう言うなら任せよう」

「じゃ、そういうわけで。失礼しまーす。影前も行くぜ」

「え、あ、えっと…」

 その場を見守る事しかできなかった仁梧は、姉が羽交い絞めにされて連れていかれる姿に戸惑いながら切原に一礼して透の後を追いかけた。

「───どうして止めたのよ!」

 庁舎を後にし、透に車に押し込まれた和梧が怒りの矛先を彼に向ける。

「落ち着けって。君の言い分は尤もだけど、あそこでぎゃあぎゃあ言ったって自分の立場を危うくするだけだろ。君だけじゃない、影前だって危険に晒されるんだぞ」

「わ、私はそんな…」

「っ、やっぱりあなたも典祓庁(てんぱつちょう)の人間って事ね」

 敵意丸出しの視線をルームミラー越しに受け、透は苦笑しながらまあまあと宥めるように言う。

「やり方を考えようぜって事だよ。雑用係の庶務局でも、やれる事は意外とあるんだぜ?」

 まあ見てろって、と舌なめずりする透に仁梧は一抹の不安を覚えるのだった。

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