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託された願い

「透!」

 懐かしい声に呼ばれ振り返ると、懐かしい顔がこちらに手を振りながら歩いてくる。ぱっと表情が明るくなるのを感じながら、こちらからも駆け寄る。

「耀、久しぶりだな。遠征はどうだった?」

「問題なく終えたよ。残りは後処理だけだから、庶務局の連中に任せてきた。聞いたぞ。相変わらずやんちゃしてるんだって?」

「庶務局の奴ら、余計な事チクりやがって」

 決まり悪そうに顔を(しか)める自分の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら耀は笑った。

「はは、ホントに変わらないな。逆に安心したよ」

「ちょ、やめろよ!俺もう十八だぞ!」

「そうだな。図体ばっかりでかくなりやがって」

 気づけば、あの夜から六年が経っていた。その間に異能の扱い方を磨き、希望通り討伐局に配属された自分は日々異形との戦いに明け暮れていた。影を使って容赦なく妖祓いをする様から"影喰(かげぐ)い"という異名がつき、周囲から色々な意味で一目置かれている自覚もある。それでも、あの夜以来異形への憎しみが薄れた事はなかった。

「そういえばさ、耀がいない間にこっちで色々あったんだよ」

「色々?」

 二人並んで庁舎の廊下を歩きながら、ふと最近話題になっている出来事を口にする。

「ここ数ヶ月、東京で不法に異能を使う異能者の数が急増しててさ。中には(あや)と結託して一般人を襲おうとする奴も出てくる始末なんだ。ウチとしては看過できない事態だって事で、外部の異能者にも協力を仰いでそんな連中を検挙して回ってるんだけど、なーんかきな臭いんだよなぁ。組織的なものを感じるというかさ」

「…」

「耀?」

 黙ったままの耀に声をかけると、何か考え込んでいたのかはっと我に返ったような顔をした。

「あ、ああ。上は何て言ってるんだ?」

「そりゃ、いつも通り"一般人に被害が出る前に早急に対処しろ"だよ。お陰で討伐局も大わらわでさ。遠征に割かれちまう人手が地味に痛いんだよな」

「そうか。まあ、俺は(しばら)く東京にいるから安心しろよ」

「マジ?じゃあ久しぶりに手合わせしようぜ!」

 この時の自分に耀の胸の内を察する度量があれば、何か変わっていたのかもしれないと未だに思う。久々に兄貴分に会えた事に浮かれていたせいで、耀の思い詰めたような顔には気づけなかった。



 それは突然の出来事だった。

(あや)の子供?」

 人の姿をした妖の子供を捕獲したという報せは、その日の内に討伐局全体に行き渡った。曰く妖気の弱い突然変異のようなものだそうで、祓術局(はらえのきょく)に研究対象として送られる事は明白だった。

 しかし、何故か上は"可及的速やかに処分"という命を下した。違和感はあったが、(あや)である以上自分はその決定に何の不満もなかった。

「離反…耀が?」

 まさか耀が裏切って、(あや)の子供を連れて逃げるなんて想像だにせずに。

 訳がわからなかった。どうして耀がそんな事をしたのか。命令違反は厳罰、ましてや離反は即処分だ。そんな危険を冒してまで、何故彼が(あや)の子供を庇ったのか。

─人間にも善悪があるように、異形にも色んな奴がいるんだ。もっと視野を広く持て

「っ」

「おい、界野!どこへ行く!」

 不意に思い出した耀の口癖。そうだ。異形は殲滅するべきだという強硬派の自分と違い、人と異形は歩み寄れるという穏健派の耀なら(あや)の、それも子供が有無を言わさず処分されるのを黙ってはいないだろう。自分の身など投げだしても不思議ではない。

(馬鹿野郎…!)

 何か策があったわけじゃない。追いかけたところで、耀の決意が変わるとも思えない。それでも最悪の事態を避けようと全力で走った。



「はぁ、はぁっ…」

 息を切らす声が静かな路地裏に反射する。

「頑張れ!あと少しだ!」

〈は、はい!〉

「そこまでだ、神埜典佐(てんさ)

「!」

 前から聞こえた声に足を止める。

「あ、あんたは…」

「その(あや)を即刻こちらへ渡してもらおう。今ならば、まだ懲戒処分で済ませてやる」

「断る!あんた達は自分達が何をしようとしているか、本当にわかっているのか⁉︎」

「…成程。最近我々の事を嗅ぎ回っている人間がいる事は聞いていたが、君だったというわけか。ならば話は早い。生かしておくわけにはいかないな」

 途端、自分達を取り囲む霊気にはっと周囲を見渡す。一人一人の霊気に自身の不利を悟るが、すっと刀を抜く。

 相手はそんな耀の姿に嘲笑の目を向け、片手を上げて合図を出した。

「───はぁっ、はぁっ、はっ!」

 あちこち探し回ってどれくらいの時間が経っただろうか。ようやく見つけた背中に、安堵の気持ちが押し寄せる。

「耀!」

 名前を呼ぶと、いつものように明るい笑顔で振り返ってくれる。そう思っていた。「悪い悪い」なんて軽い調子で頭を撫でてくれると、そう信じていた。

 口から零れる赤い液体。かしゃんと金属音を立てて落ちる彼の愛刀。続いてぐらりと傾いた体を間一髪で支える。

「おい、耀!しっかりしろ!」

「っ、ごほっ…」

 体中には複数の異能者と戦った事が窺える痕。とりわけ胸には何かで切り裂かれたような大きな傷がついていた。周りを見るが、追手の姿も耀が庇った(あや)の子供の姿もない。

 状況を把握しきれない自分に、耀は悔しそうに顔を歪めて言った。

「あの子は…人を襲う意思がなかった…にも拘らず、奴らはあの子を殺した…っ、全ては"廿五計画"の為に…」

「"廿五計画"?」

「この国は守るものを間違えてる…"廿五の封印"を探せ…!」

「何、だよ…何言ってんのかわかんねぇよ…!とにかく医療班を呼ぶから、話はその後で…」

「わかってるんだろ?俺はもう、助からない」

「っ」

 見ない振りをしていた現実を突きつけられ、胸が抉られる思いがする。そんな自分の制服を掴み、耀は振り絞るような声で言った。

「頼む、透…!あいつらの目的は、けして実現させちゃなんねぇんだ…!世界を守る為にも、"廿五計画"を阻止してくれ…!俺の…最期の願いだ…‼︎」

「何だよ…何でそんな事言うんだよ」

─界野透、か。俺の名前は神埜耀。何か響きが似てんな、俺達。耀さんって呼んでくれていいんだぜ、透!

「あんたが言ったんだぞ…俺を独りにさせないって」

─忘れんなよ、透。誰が何と言おうと、俺はお前の兄貴分でいつだってお前の味方だ

「あんたまで俺を置いていくのかよ…!耀!」

 そんなつもりはないのに、頭が勝手に次々と遼と過ごした記憶を掘り起こしてくる。

「…何だ。泣いてんじゃねぇよ…もう、十八…なんだろ…?」

「っ、泣いてねぇよ…!馬鹿野郎…!」

 胸元を掴んでいた手の力が抜けていくのがわかる。それを追いかけるように耀の手を握り締める。ぽたぽたと耀の頬に落ちる水滴が、つーっと彼の顔の輪郭をなぞるように流れていった。

 まるで耀も泣いているようだとどこか冷静な頭で見ていると、耀が弱々しく笑った。

「お前なら、やれる…俺の、大事な弟分だ」

「っ、う…」

「これ…持っててくれるか?俺の宝物だ、大事にしてくれよ…」

 懐から出したのは、あの懐中時計。蓋には耀と同じく傷が刻まれていた。

「あとは…たの、んだ…ぜ…」

「よ、う…?」

 命が抜ける音がした。僅かに開いた目に光はなく、支えている体は人形のように重い。

「う…あ…」

 悲しみと怒りが溢れ出してくる。

「…るさねぇ…許さねぇ…!」

 これまでにないほど強く心が乱れ、それに呼応するように影が辺り一帯を覆い尽くす。自分の制御から遠く離れた影は壊れそうな心を闇に染めるように暴れ続け、やがて世界は暗転した。

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