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憎悪の鎖に囚われる

 襲いかかってきた複数の(もう)を相手にこれでもかと感情を乗せて叫ぶ。

「"朽ちろ"!」

 ぼろぼろと崩れていく(もう)には目もくれず、今度は体に絡みついてきた(りょう)を殴り飛ばす。一瞬怯んだ隙にぐっと踏み込むように足に力を入れると、ゆらりと足元の影が生き物のように動いた。影は先程向こうがしてきたように(りょう)に巻きつき、ぶちっという音を立てて首を捻り落とした。

 何度か同じ事を繰り返し、床が(もう)(りょう)の残骸でいっぱいになった頃、びーっというブザー音が部屋中に鳴り響いた。

《そこまでだ、透》

 スピーカーから声が聞こえる。それを無視して、影を使って残骸を更に粉々にしていく。

《こら、止まれ!訓練は終わりだ!》

 部屋の扉が開き、白衣を着た男が二人自分を止めようと入ってくる。彼らに体を掴まれながら、止めを刺すようにぐしゃっと(もう)の欠片を踏み潰した。



「───お前なぁ。いい加減にしろよ、透」

 呆れた表情で自分を見下ろす男から顔を背ける。

「何だよ。訓練で全力を出して何が悪いわけ?」

「お前の場合は出し過ぎなんだよ。典祓庁(てんぱつちょう)の妖祓いは他の異能者のそれとは目的が違う。標的のサンプルを持ち帰って研究する事も仕事の内なんだ。それなのにお前って奴は、塵一つ残そうとしないだろ。命令を聞けない人間は典祓庁(てんぱつちょう)に置いとくわけにはいかねぇぞ」

「はっ、だったら路頭に放り出すなり処分するなりすればいいだろ。俺は全ての異形をぶっ殺せればそれでいいんだからな」

「透、何度も言うが自棄(やけ)になるな。人間にも善悪があるように、異形にも色んな奴がいるんだ。もっと視野を広く持て」

「またその話かよ。あんたじゃなかったらとっくの昔に殴ってるぜ、耀(よう)

「耀()()な。ったく…すっかり捻くれちまって、お兄さんは悲しいぜ」

「ちょ、やめろよ!」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる手を引き剥がそうと(もが)く。

「はは、やっといつものクソガキに戻ったな」

 屈託なく笑う男の名は神埜(かんの)耀。あの夜、自分達家族を襲った(あや)を祓ってくれた人物だ。

 自分がそうだったように、一般人に(あや)の存在は秘匿されている事からあの晩の出来事はガス爆発事故として処理される事になったらしい。そして自分は何かよくわからない検査を色々した結果、異能と呼ばれる力の一つ言霊を所持していると正式に認められて典祓庁(てんぱつちょう)に保護される事になった。

 祖父母が引き取り手として名乗りを上げてくれたそうだが、力を正しく使えない今の状態で一緒に暮らしてもあの夜の二の舞になるだけだと言われて断った。もう誰も、自分のとばっちりを受けてほしくなかった。

「ほら、飯行くぞ」

「おう!」

 あれから三年が経ち、変わった事もあれば変わらない事もあった。典祓庁(てんぱつちょう)に保護され、怪我の回復と気持ちの整理をつけた自分に提示された道は二つ。典祓庁(てんぱつちょう)の運営する施設で穏やかな生活を送るか、異能の訓練を受け典祓庁(てんぱつちょう)の構成員として異形と戦うか。

 悩むまでもなく後者を取った。家族を殺した(あや)という存在そのものが憎かったのもあるが、その原因を作った自分に穏やかに暮らす資格などないと思ったのが大きい。

 それからは異能の使い方を覚える訓練の日々だった。何かをなす為に言葉を利用するという意味では以前の生活と大差なかったが、使う言葉は平穏とはかけ離れたものだった。喉に負担がかかる為文字通り血反吐を吐く毎日だったが、自分への罰なのだと思えば何という事もなかった。

 もう一つ、大きく変わった事があった。あの夜以来、自分の影がまるで意思を持ったかのように動くようになったのだ。これについても祓術局(はらえのきょく)で検査を受けると、どうやら事件のショックで新たな異能が開花したようだった。ただ、影渡りと命名されたこの力は憎悪などの負の感情を原動力にしている事がわかった為、使用には制限をかけるよう耀から重々言い含められた。

「お、今日の日替わり透の好きなコロッケだってよ。これでいいよな」

「いいよ、自分で払うから」

「ガキが一丁前な事言ってんじゃねぇよ。こういう時は素直に大人に頼っとけ」

 食堂で食券を買う背中は大きく広い。ふと右手に視線を落とす。この三年で成長期を迎えた自分だが、耀と比べるとまだまだ子供なのだと痛感させられる。

 カウンターで注文した料理を受け取り、空いている席を探していると周りからひそひそと声が聞こえてきた。

「おい。あれだろ、噂の狂犬って」

「複数の異能持ちなんて、エリート街道まっしぐらじゃねぇか。羨ましいよな」

「ばっかお前、ここじゃエリート=危険な任務が当たり前だろ。ほどほどがいいんだよ、何事も」

「…」

 きっと睨みつければ、蜘蛛の子を散らすように視線が逸らされる。そんな自分を見て、耀は苦笑しながら言った。

「気にすんな。いつもの事だろ」

「雑魚共が、俺はあいつらとは覚悟が違うんだ。異…」

「"異形は全部俺はぶっ殺す"、だろ?言った筈だぜ。異形にも色んな奴がいるんだ。単純に悪と決めつけるのは視野が狭い証拠だぞ」

「討伐局のエースに言われても何の説得力もねぇんだよ。祓ってなんぼの立ち位置にいるくせに、何でそんなに甘い事ばっか言ってんだ」

「前線に出てるからこそ見えてくるものもあるんだよ。お前にもいつかわかる」

 この頃の自分はただただ憎しみに囚われていて、耀の言葉の意味を考えようともしなかった。とにかく異形を祓う事で頭がいっぱいで、その為なら自分がどうなろうとどうだっていいと本気で思っていた。

 そんな自分にとって、異形を祓う(すべ)を教えてくれる典祓庁(てんぱつちょう)は最高の環境だった。耀にはいつでも放り出してくれて構わないと言ったが、異形は等しく一掃されるべきであるという強硬派と呼ばれる典祓庁(てんぱつちょう)の派閥の一つの考えには深く共感していた。

「おっと、早く食わねぇと午後の仕事に遅れちまうな」

 懐中時計で時間を確認した耀が急ぐぞと丼をかき込む。今時珍しいその時計は、耀が祖父から貰ったものらしい。

 話が中途半端で終わってしまったような気がするが、時間がないのは事実なので彼に倣ってコロッケを頬張った。



 微かな灯りの中、数人の声が静かに響く。

「また失敗だ」

「やはり(あや)ともなれば、それなりの器を用意しなければもたないな」

「だがこれ以上動けば勘づかれてしまうぞ」

「祓戸の双子はどうだ?特に次期当主の方は、幼くして妖祓いに出ていると聞く。分別がつき切らない内にこちらへ引き込んでしまえば…」

「いや、あの家に手を出すのはリスクがあり過ぎる」

 何やら不穏な空気を醸し出す会話。それを表すように、壁に映し出された影がゆらゆらと不気味に揺れている。

「"二十五番目の存在"。大いなる災厄を封印したという伝説の力。それを手にすれば、この世の理を丸ごとひっくり返す事ができる。あれは利用するに値する力だ」

「その為には、どうあっても祓戸の双子の十二の力が必要だろう。だが十二支の方はともかく、十二辰星は極まるのか?」

「かつて十二の星に選ばれず、十三番目の外れ星として封印された災厄"隠星(いんせい)"。それが"二十五番目の存在"を呼び起こす鍵となるのは間違いない」

「まだしばらく潜む必要がありそうだな」

 一人が机の上に指を添わせる。そこには分厚いファイルが置かれており、表紙の部分には"廿五計画"と書かれていた。

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