胎動する闇
「着いたぜ。ここが指令にあった研究施設跡だな」
止められた車の中から外にある建物を見上げる。都会から離れた片田舎、山道を進んだ先にあったそこは如何にも普通ではない雰囲気が漂っており、成程確かに何かしらの秘密の研究をするにはうってつけの場所のように思えた。
「まだ外観しか見ていないけど、どう考えてもここが当たりじゃない?」
車を降りた和梧が手元の端末を見ながら言う。
「まあな~。祓戸の双子に任せようってんだから、より胡散臭いのを押しつけられても不思議じゃねぇよ。一番不憫なのは、討伐局所属でもねぇのに案内係を務めさせられてる俺じゃね?」
「あの切原って男、温厚そうな顔してやる事陰湿ね」
仁梧は最早和梧が透を無視する事に何とも思わない自分がいるのを感じていた。透が気にする風もなく、また挫ける様子もないのが大きいかもしれない。
(禍の研究施設…)
使い方を教わったばかりの端末を操作し、今回の任務の資料を確認する。打ち合わせで聞いた悍ましい話を思い出し、ぞわりと背筋に嫌悪感が走った。
*
「捕縛した男から聞き出した情報によると、件の組織…便宜上"常闇"と呼称する団体は呪詛を用いて禍の量産を行なっている事がわかった」
"特別会議室"と書かれた部屋の中で円卓状に置かれた席に着いていた面々は、特別チームの代表を務める切原と名乗る男の説明を聞いていた。
各々に配布されたタブレット端末の画面が一斉に変わり、何ヶ所かに印が打たれた地図が映し出される。
「これは現時点で判明している禍及び異能に関連した研究を行なっていた施設の跡地だ。政府管轄のものもあれば、民間団体が運営していたものも含まれている。恐らく常闇は、この内のいずれかに関わっている可能性が高いというのが祓術局の見解でね。禍の量産の他に、異能者を対象とした人体実験や禁忌とされている術式の研究行為もなされているとみられる」
「捕まえた男は新参者で碌な情報を持ってなかったと聞いていますが、何を根拠にそんな話が?」
メンバーの一人が手を挙げて尋ねる。
「祓術局には精神感応系の異能者が多いと聞いています。大方、無理やり頭の中でも覗いたんでしょう」
「違いねぇ。司法と正義に守られてる政府の組織は、多少の非人道的行為は止む無しって考えだからな」
和梧に続いて別のメンバーも手をひらひらと振る。
「でもこの地図の印に政府のものだった施設も入っているという事は、その常闇とやらは政府の人間が絡んでいるかもしれないという事ですか?」
「我々異能の家系に応援要請を出している時点で、その可能性は十分にあるだろう。全く、伝説にある大いなる災厄の事といいとんだ厄介事に巻き込んでくれたものだ」
遠回しに嫌味を言われ、和梧の眉には深い皺が刻まれる。その一方で、切原は温厚な態度を崩さぬまま苦笑した。
「その点については、私の方から深くお詫び申し上げる。だが、常闇の最終目的が大いなる災厄に関連する何か…最悪復活を目論んでいるのなら何としても防がなければならない。どうか各々、力を貸して頂きたい」
深く頭を下げられ、仁梧はどうしていいかわからず円卓を見渡す。その時に目に入った透が、やけに真剣に資料を見ていたのが気になった。
*
「───しっかし、こんな施設が他にも散らばってるってんだから世も末だよな」
薄暗い廊下を歩きながら透がぼやく。一歩後ろを歩いていた和梧は、周囲に目を配りながらそうでもないわと首を横に振る。
「昔から似たような事を考える連中はいたわ。時代が変わって、技術が進歩して、規模も質も大きくなったってだけよ。でもまさか、大いなる災厄に手を出そうなんて考える馬鹿が出てくるとは思わなかったわ。あれは掘り起こしていいものでも、ましてや制御なんてできるようなものでもないっていうのに」
「そう、よね。そもそも、常闇の人達はどうやって大いなる災厄の封印について調べたのかしら」
「それについては嫌な予感が拭えないのが腹の立つところね。大いなる災厄に関わろうとすれば、必然的に祓戸家の名前が浮かび上がるもの」
「それって、一族の中に常闇と通じてる人がいるかも…」
そこまで言いかけた仁梧が立ち止まった事で、和梧も透も足を止める。
「どうかしたか?」
「…妙な気配があります」
その言葉に二人の目はすっと細められる。
ここに入る前から結界を張り、暗く湿った空気につられて潜んでいた魍や魎を和梧が祓いながらここまで来ていたのだが、仁梧の様子からしてどうやら別の何かが見つかったらしい。
「どの辺り?」
「えっと…」
目を閉じて感知に集中し、数秒の後に膝をついて床を触る。
「多分、この下…だと思う」
「地下か」
「どこかに通路がある筈。それを探して…」
「いや、必要ねぇよ」
きょろきょろと辺りを見回す和梧を遮った透。その直後に彼が取った行動に、仁梧も和梧も驚いた。
足元の影がざわざわと動き出し、まるで生き物のように床から離れる。そして三人を丸ごと包み込めるほど大きく広がったそれは、そのまま覆いかぶさってきた。
とぷん、と水の中に漂うような感覚に仁梧は思わず息を止める。だがそれも一瞬の事で、床に足がつく感覚がしたのでゆっくりと目を開く。
周りは真っ暗で何も見えない。側に人の気配を感じたのでそちらを見ると、ちょうど透がスマホのライトを点けてくれた。隣には和梧の姿もあり、自分と同じく何が起こったのかわからないといった顔をしていた。
「今のって…」
「俺の異能、影渡りだよ。影の中を移動したり、操ったりできるんだ。ここはさっきのちょうど真下さ」
「もしかして、屋敷に侵入してきた時もこれを使って?」
「結界の隙を見つけるの大変だったんだぜ?」
いけしゃあしゃあと言ってのける透に、和梧は舌打ちを返す。
「さて、影前。ここからどっちに行けばいい?」
「あ、え、えっと…こっちです」
指差した方向へ三人で向かう。和梧も自身のスマホのライトを点けて辺りを照らしているお陰で進む事自体に問題はないが、仁梧は両端に広がる光景に不安が拭えなかった。
冷たい鉄格子で区切られた地下牢。よく見ると、ところどころに黒い染みがついている。
「血の跡だな」
同じように地下牢を見た透の一言に、ぎゅっと胸が締めつけられる。人体実験もしているという常闇。ならばここにいたのは、実験体として扱われた誰かなのだろう。
「ねぇ、あれ見て」
和梧がライトを翳して進行方向の奥を照らす。そこにあったのは大きな鉄製の扉。明らかに何かあるとでも言いたげなその佇まいの真ん中に刻まれていたのは…
「廿五?」
和梧が怪訝そうに読み上げる。
「廿五って、"二十五番目の存在"の事かしら」
「大いなる災厄に関係する言葉といえばそうだけど、これだけじゃわからないわね。ねぇ、あなたも黙ってないで何か言ったら…」
扉を見つけてから一言も発しない透に和梧が文句を言おうと振り返るが、すぐに異変に気づく。
「ちょっと、どうしたの?」
「え?」
「…っ、ぐ…」
頭を押さえ、苦しげに顔を歪める透に仁梧だけでなく和梧も心配そうに声をかける。
─この国は守るものを間違えてる…"廿五の封印"を探せ…!
「にじゅう、ご…」
「界野さん!しっかりしてください!」
「影前、離れなさい!」
透の影がぐわっと揺れ動く。それを見た仁梧は咄嗟に異能の暴発だと判断し、透の手を握った。
「綾なす光よ、光を結び盾と成れ。守星、房宿!」
次の瞬間、影ごと透の体がぴたりと止まった。辺りには透の小さく荒い息の音だけが反響する。
「…大丈夫ですか、界野さん」
「…悪い」
「一体どうしたのよ」
「ちょっと昔の事を思い出しただけだ。もう何ともねぇよ」
手間かけたな、といつもの笑顔で頭に手を置かれる。それが氷のように冷え切っている事は仁梧しか気づいていなかった。




