三輪山の巫女 3
夜が明けて東の空が茜色に染まるころ。
まだほの昏い祭壇の間で巫女がすくりと立ち上がった。
頭上から糸で吊り下げられたような立ち上がり方は巫女が神懸った証にみえた。
そのまま、後ろで見守る磐王をふりかえり、響き渡るような声で言い放つ。
「三輪の神のご神託が降りたぞ。謹んで申し受けよ」
童女とは思えない威厳に、ははっと思わず磐王は平伏した。
「天の災い、流行り病は宮中に霊力の強すぎる神の宝があるからだ。
それを外に出してしかるべき場所に移すのだ。そうすれば、災いはやがて治まることだろう」
宮全体が震えるほどの声が放たれ、そのあと恐ろしいほどの静寂が訪れた。
磐王の躰は建物ごとガクガクと震え、恐れた。
「か、神の宝の霊力、、、そのようなことが、、、」聞いたこともない。神の宝は我らを護ってくれるものではなかったのか?
「神の宝は誰しもに福をもたらすような人に都合のよいものではない!力のない者には災いともなる。神を畏れよ!」巫女は磐王の心を読んだかのように言った。
磐王は恐怖のあまり腰は抜けたようになり、巫女を見上げた。
能面のような巫女の顔、だが目だけが異様に光っている。
も、物の怪、、いや、神だ!三輪山の神が降りているに違いない!
お、恐ろしいことだ!
「宰相、志麻児を呼べ。いますぐだ!」
磐王が三輪山の巫女の前で腰を抜かしているころ、宰相の邸では父と息子が向かい合っていた。
「三輪山の神の使いと言う者が、わたしの夢に現れました。そしてお告げになられました」
珠水彦は凛として宰相の父に言った。「天の災い、流行り病は宮中に霊力の強すぎる神の宝があるからだ。それを外に出し、相応しき場所に移せ」と。
宰相はいささか、驚いてすぐにこの息子を伴い、宮廷に向かった。
そして、巫女の前で震えている磐王を見つけたのだ。
宰相が駆け付けたとき、巫女はすでに神憑りから離れ、平時の娘に戻っていた。みれば、あどけない童女である。
昨夜の様子とは大違いだ、が。
磐王の怯え方から察するに尋常ではないことが起きたに違いない。
「磐王様、わたしの息子、珠水彦が夢で三輪山の神のお告げを聞いたと申しております」
「な、なに、そなたの息子までもが三輪山のお告げと?も、申してみよ!」
珠水彦は一歩前に進み出て、帝国の王の前で静かに奏上した。
「はい、磐王様に申し上げます。三輪山の神の使いと名乗る者がわたくしの夢に現れたのです」
「天の災い、流行り病は宮中に霊力の強すぎる神の宝があるからだ。それを外に出し、相応しき場所に移せ」と。
父に伝えたことと一句違えず繰り返した。
「なんと、、、そちの今申したこと、先ほど三輪山の巫女が告げたことと寸分違わぬ。まことにそちにも三輪山の神が告げたのだな。巫女と宰相の息子が同時に同じ言葉を告げるとは、これは余程のことにちがいない。そう思わぬか、宰相」
「さようでございますな、、、。わが息子が神のお告げを聞くとは驚きを隠せませんが、、、確かにこの珠水彦は以前より、どこか不思議なところがあり、邸にいながら民の暮らしぶりの細やかなことまで見て来たかのように語ることがございます。これにはそのような不思議な才があるのやもしれません」
宰相は巫女の言葉と息子の夢の不思議な偶然を訝しんだ。
三輪山の巫女のご神託は、黒烏の仕組んだもののはずだ。しかし、珠水彦はそのことを知らない。だが、嘘を言う理由もない。
いったいどういうことなのだ。
「そうか、そのような息子なら確かにあり得る。宰相、急ぎ神のお告げのようにせよ。これ以上災いがあってはならぬ」
「はい。では、、、宮中にお祀りした十種神宝をどこにお移ししましょう」
「それは巫女が知っておろう。あの者の言う通りにすればよい。それに移すのは物部の宝のみではない、我ら天の一族の三種の神器もだ」
「は、あの、天照大神様の神器までも、でございますか?」
「無論じゃ。思えば物部の神と我ら天の神をひとつところにお祀りしていることも神にとっては無礼なこと。今までどうして気が付かなかったのか、、、かと言ってどちらか一方だけお移しするのも、一方に対して無礼に当たる。双方しかるべき場所にお祀りするのだ」
「畏まりました。では、三輪山の巫女に問うて取り計らいましょう」
どうやら、薬が効きすぎたとはこのこと。
磐王はよほど恐ろしい目にあったようだ。これで神宝は任されたも同然。
宰相は顔には出さず、ほくそ笑んだ。
その父の後ろで、珠水彦は祭壇近くに立つ、童女をみつけた。
童女はにっこり笑って珠水彦の方に歩み寄ってくる。
あれは、昨夜の三輪山の巫女だ。
ずいぶん様子が違うが、この胸に沸き起こる懐かしさに間違いはない。
本当に三輪山の巫女だったのだな。
「宰相殿、わたしの言うようにすれば、神の怒りは治まります。すべて指図いたしますゆえ、いきましょう、さ、こちらへ」




