三輪山の巫女 4
「われは三輪山の巫女、百十という者。これより神宝の祀る処を示す」
巫女は百十と名乗り、さっそく神宝の祀るべき処を示し始めた。
「十種神宝という物部の宝。このうち剣は石上に置くがよい。最もふさわしい持ち主がいる」
宰相と珠水彦の前に布都御魂剣と呼ばれる大剣を置く。
「他はこの三輪山の神のもとに置く。沖津鏡、辺津鏡、未来と過去を映す鏡」
「生玉、足玉、死返玉、道返玉。神の命をうちに入れ、空を跳び、死人を蘇らせる。そして、時を遡る玉。どれも使いこなすには難しかろう」鏡と宝玉の勾玉は巫女の脇に。
「蛇比礼、蜂比礼、品々物之比礼、、、これも、三輪山に置く、が、珠水彦に預ける。そなたを護ってくれよう」
三枚の薄絹は虹色に輝き、珠水彦の前に静かに置かれた。
この薄絹をわたしに、、、
珠水彦は美しい絹の輝きに目を奪われて見入った。
「そなたの今ある力を落ち着かせ、思うように使えようになるであろう。胸のうちで比礼の名を呼んで使うがよい。ただ表向きは三輪山に祀られていることにするがよい。そなたの力は人に悟られぬ方がよい」
「そして、天の一族の宝。八咫鏡。これはそなたらの鏡の姉妹鏡なのだ。別の名を中津鏡という。人の心のうちを覗く鏡だ。これはヤマトに置かぬほうがよいだろう」
「そして天叢雲剣。元は越の国の大剣だ。これもヤマトに置かぬ方がよい」
「八尺瓊勾玉。そうだな。これは磐王様のもとに置かれるがよい。子孫繁栄を神が約束する宝だ。王の善き政を支えてくれよう」
百十姫は艶と輝く宝珠の勾玉を桐の小箱に入れ、紫紺の組紐を結んだ。
「さ、これを磐王様に」
「百十姫様、あなたは神の宝のことをよくご存じのようだ」宰相は気になっていることを尋ねずにはいられなかった。
「どうしてです。十種神宝は我らの秘宝。一族ではないあなたが、どうのようにしてそのことを?」
と、宰相はここで声を潜めた。
「あなたはいったい何者ですか」
百十姫はふふと笑い
「宝が教えてくれるのです。われはこういう物の声が聞けるのです」そう言うとすくっと立ち上がり。
「天照大神様の鏡と、叢雲の剣はわれが自ら落ち着く先を探しましょう。磐王様にはそのようにお伝えくださいませ」と言って背を向けた。
珠水彦の手には、三枚の比礼が残された。
宰相は石上に納める剣を掲げた。
巫女の前を立ち去る前に珠水彦はもう一度巫女の小さな背中をみた。
この懐かしさはなんなのだろう。
「不思議なお方ですね」
珠水彦は巫女が去ったあと、父につぶやいた。
「三輪山の、巫女であられるから、な」
宰相はそう答えた。
三輪山の巫女であるはずはない。黒烏のつくりごとだ。なぜなら三輪山にいるのは。
話すことも、思い出すことも禁じている記憶を、宰相はもう一度深く呑み込んだ。




