三輪山の巫女 2
薄暗い寝屋のなかで、佇む巫女の輪郭だけがぼんやりとした光を放っている。
人には見えぬ光であったが、それを息を殺して見ている者がいた。
巫女は三枚の薄絹を、優雅な舞でも踊るようにひらひらと動かした。
薄絹は巫女の手からふわりと離れた。
と、薄絹は生きているかのようにひらひらと飛びながら珠水彦の上を周った。
それはまるで、いつも蝶たちがおしゃべりをするような仕草だったので、おもわず微笑んで手を差し出した。
「なにか、話があるのかい?」と。
「ティグル、いや、いまは珠水彦。わたしが見えるのだね?」
珠水彦は不思議なこころもちで、巫女を眺めた。
巫女が実体でないことは、その佇まいから知れる。しかし、物の怪か死霊か?
そのような類のものにまとわりつく魂の垢のようなもの、穢れたものが巫女からは感じない。それどころか、どこか懐かしい。
旧知の友に会ったような。いや、幼いころに抱きしめられた母上のような。
躰の奥底から湧き上がってくる暖かい想いの波に、珠水彦は何も言えずにただ頷いた。
「そうか。怪しむことはない。わたしたちは古い友なのだよ」
わかる。いや、知っている。と珠水彦は頷く。
しかし、どこで出逢ってどのような友だったのか。どうしても思い出すことが出来ない。
この声を聞いたのはどこだったか?いつだったか?記憶の霧はあまりにも深く濃かった。
「わたしの魂がみえるなら、助けてほしいことがある」と巫女は言った。
「助ける、、、?わたしに?なにを?」珠水彦は聞いた。
「朝になったら、おまえの父に夢でお告げを受けたと言うのだ」
巫女は、ずい、と珠水彦に近づく。
巫女の黒く大きい瞳がまたたいた。
「天の災い、流行り病は宮中に霊力の強すぎる神の宝があるからだ。
それを外に出してしかるべき場所に移すのだと。そうすれば、災いはやがて治まることだろう」
「そ、それは誰のお告げなのです」
珠水彦は巫女の言葉に、半ばたじろいだ。
父に伝える、ということはつぎには王様に奏上するということだ。
嘘偽りを言う事は出来ない。
「わたしは三輪山の神の使い。三輪山の神のお告げぞ」巫女はさらに近づいて念を押した。「よいか、必ず頼むぞ」
巫女がかき消えたあとはふたたび薄暗い寝屋に、珠水彦がひとり残された。
三輪山の使い、三輪山の神のお告げ。
巫女の言葉は強い暗示となってつきささった。




