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体育祭を、ぶっ壊す。5

 五月一〇日。


 公式アカウントを作って三日が経つ。広報担当は長岡さんと決めていたものの、毎日の投稿以外は基本的に他のメンバーでも編集が可能になっていた。私が関与させたら危ないと判断した特定の人間以外は。


「これ、どうでしょう、うちが仕上げたのでして、でへへ」


 プロフィールに表示された数々の写真、そのコメントにつけられたリンクを踏むと、見たこともないページに飛んだ。


「有能ですよね、うち、こういうの作るの得意でありまして、でへへ」などと言い出す彼女に、長岡さんも妙な対抗心を燃やし、私も投稿頑張ってるんですよ、と前足を張り、毒ブレスを吐いた。


「どれどれ」


 よく見ると、投稿は斜め上の角度から撮られた長岡さんの自撮りばかりである。背景の一部が異次元空間の入り口がごとく歪んでいるのを小物でごまかしている。

 もしかして→失敗?


 胸を張る長岡さん。


「わたし、いい宣伝になってると思いません、こんだけかわいい写真ですよ、爆伸びしますって」


「それ、長岡さん、最近はバズっていうんでして、でへへ」


 自己肯定感が非常に高いのはいいが、私物化するのは違う。そう私は言った。


「でも、看板娘っているじゃないですか」


「なら、後ろに男子でも侍らせればいいんじゃない?それならメンバーもいるし、一応。あと必ずだけど許可はとっといてね」


 公開を希望しない人数分密かに加工作業を施すのが面倒だったので、私は彼女に提案した。

 ああ、と声を出して彼女は瞳孔を開いた。


「その手がありましたね」


「ある程度剥いて、BL風のもいいんでして、でへへ」


「BANされるよ、それ」


 自撮りの件はともかく、表向きボランティア部の広報として活動しているから蠱毒の実態を書くことはできない。そのため、当初の案である質問箱という機能はそのままにして、もう少しグレードアップしたものを実現しようと子鉄くんが言っていた。


 それが、生徒会長選挙で伝家の宝刀のごとく扱われるが、実になんの役に立っているところも見たことがない、「目安箱」である。何の目安であるのかもはっきりしないどころか、中に投稿する人はいませんようで、何も変わらなかったことを正当化できる機械として役に立っている。


 イムちゃんが実装したうちの目安箱、通称「依頼ボックス」に来たダイレクトメールも未だになし。ハコは空であった。


「今日も収穫はなし、と」


「まあ、そんなにすぐは来ないですからね。なぜか構内のポスターなどの掲載許可だって取れないし、表だって宣伝できる期間は終わっちゃいますし」


 部活のアカウントを設置するのが遅すぎたのかもしれない。それと、明確に誰のせいであろうか思い当たる人が一人。


「どうして私がアカウントを扱えないんだ。差別だぞ、これは」


 安定感のある80デシベルの音を響かせて部室のドアを開け放ち、京香先輩が現れた。


「学術誌に訴え出て、デジタルネイティブ世代の炎上に対する忌避感というものが差別を生んでいるという論文を提出してやる」


「おはようございます先輩。それは通らないですけどね、絶対」


「ぬうう、なぜ部員全員が扱えるアカウントに私だけがログインを禁止されているんだ。どういう仕組みで私を排除した、くそう。三十木から強奪してパスワードは把握したはずなのに」


 先日、ダミーの用紙を全員に配ったことが結果的に有効だったようである。先輩はラックの角を蹴ったところ小指をぶつけ、悲鳴を上げた。


「それよりなんすけど」


 三十木がスマホを片手にうめいている京香先輩に接近する。それを京香先輩が見逃すはずもなく、電源がついているのを確認するやすぐに先輩は起き上がり、野生動物のごとき素早さで高速タックルを決めた。


「私だけ入れないアカウントの画面を見せるとか嫌味か貴様。ログアウトさせてやる」


「うおおおい、それはないっしょ」


「よくも騙しやがって、こいつ」


 上体を利用して、伸びる手から上手くスマホを遠ざける三十木。その上を取って高低差を利用し、立体的な攻めでスマホを奪おうとする京香先輩の攻防は、なんというかスポーツ然としたものを感じる。


「うーん」


「募集はおわったみたいですしねえ、どうしたら宣伝できるんでしょう」


「この部活も終了、ですかね」


 鼻息とともに柊は窓を見た。


「この部活も見納めですから、とりあえず写真だけは残さないと」


 スマホを横にして景色にかざしていると、彼の視界に大きな影が映る。


「終わってないぞ」


 一瞬部室内は静まりかえる。その間隙を突いて、京香先輩は上から柊のスマホを取り上げた。


「何するんですか」


「強制ログアウトだ、ふははは」


「最っ悪だ。この人」


 高校一年生の男子でも小柄なほうである柊が絶対に届かない位置で、かつ天井にむけて両腕を伸ばしているので、あわれな犠牲者と化した彼は頭上で自分のアカウントがログアウトされていく様を、指をくわえて見ているほかなかった。


「では、返そう」


 白い画面になったスマホが手渡され幻滅している柊を置いて、京香先輩は「島」の定位置に座った。


「確かに部活動として宣伝ができる期間は五月八日までだが、できることはある。五月といえば定期テストと休みの間にある一大イベントがあるだろう」


 五月の間にあるイベントとは何だろうか。


「うっわあ、完全にログイン画面に戻ってる」


 柊の悲鳴を傍らに、してやったりという満足感を表情に映しながら京香先輩は答えた。


「生徒総会だ」


 どうにも不安を覚えた私は、周囲の顔色を見てから訊いた。案の定、悟ったような顔をしている。


「もしかして、それって総会の中で暴れたりとか」


「無論だ」


「ええ」


 そのとき、私のスマホに通知が来た。

 公式アカウントの更新だった。またもや長岡さんの美化された自撮り写真が投稿されている。背景にはスマホを奪い合う京香先輩と三十木が渦巻きのようになって歪んでいた。


 とはいえ公式サイトへのリンクや、依頼募集といった文章が簡潔にまとまっている。

 一応宣伝にはなっているのだから、いいのか。


 なんだかんだで協力してくれたイムちゃんによって公式アカウントに充実した機能が追加されたことは、けっこう喜ばしいことだ。頭を撫でると子犬のような反応を返す。


 とりあえず笑みを作り、彼女の制服のゴミをとっていると、話ついでに壁を眺めていた子鉄くんが言った。


「それがし、大変なことに気づき申した」


「大変なこと、って?」


「五月一二日から、部停です。テスト週間で」


「マジか、それ」


 三十木が開かれたリュックの中身を漁りだした。それより早く取り出していた柊が騒ぐ。


「ほんとだ、生徒手帳みたら部活停止期間ってある」


「見せろ、それ」


 三十木が柊の横に詰めると、蠱毒の面々はみんな一様に真似をした。突如背中に山のようにのしかかった体重に、百均で買える足踏みポンプのような音を出して、柊がうめいた。


 確かに学年暦を見ると、漢字の精彩では抜群の美しさを誇る明朝体で薄く「部活停止期間開始」との表記が日付の下に書かれている。


「あー、部活停止ときたかあ」


「さすがにこの間、向こうが動くことはなさそうですが」


「部活停止が終わったら、一気に部室改造計画の実行が早まるな」


 面々は険しい顔をしながら、柊の頭の上に肘だの顎だのをのせ、唸った。

 柊は体をねじりながら背後を振り向き、近いですって、あー暑いなどとわめいている。


「かわいいわたしがすぐ近くにいるんですよ、ご褒美だと思ってくださいよ」


 冗談じみた口調で長岡さんが笑い、柊の近くで囁いた。


「かわいくないし、歯を磨いてください」


 直球すぎる悪口を飛ばす柊に、少し恐々とした蠱毒の部員たち。一斉に距離をあけてその場に残された長岡さんを見る。


「おい、柊。お前がノンデリなのは知ってるが、言って良いことと悪いことがあるだろ」


 なんとなく言い出せなかったアンタッチャブルな史実を前に、ちっとも引かない柊に対して、ついに起こってしまったと頭を抱えた私。しかし、本人はなんとも思わないらしく、薬局前にたたずむキャラクター然とした表情をしていた。


「いや、事実を言っただけですけど。改善点を言って何が悪いんですか」


 追加で燃料を投入する柊。その言葉に長岡さんはしばらく反応することはなく、教室内にたいへん微妙な空気が流れた。気にしているかもしれないのに、指摘したとき彼女が傷ついたらなんとする。もし、今後この蠱毒に来なかったら。

 

 三十木の下げていた腕が動き、指先に力が入った。私は京香先輩を見る。京香先輩は黙ってその様子を眺めていて、その表情はいつもと一切変わらなかった。


 完全に終わったレベルで冷め切った中、ついに長岡さんが動いた。

 長岡さんは柊を黙って立たせ、そしてその指を握った。片方の手は、彼女の頬に寄せられ、傍らに寄せられた柊は無許可で写真を撮られた。


「柊さん、ほんとかわいいですね。こうして照れさせちゃうなんて罪なわたしも、かわいいわあ」


「はい?」


 スマホを縦向きに持ち替え、当の長岡さんはなぜか一人で満足していた。ダメージがなさそうなのはいいんだが、おそらくまた無断で撮った写真がSNS上に掲載されることになる。さっき注意したはずが、マイナスイメージはすぐに抜けるのだろうか。


 恍惚としていた表情を一瞬で飲み下すと、彼女はくるりと回って先輩をただした。


「で、ですよ。部停があるってので、しかも生徒総会ってその間じゃないですか。どうするんです」


 一瞬言葉を詰まらせ、京香先輩は机に手を置いて話した。


「部活停止期間だが、うちにはなしだ」


「なし、と」


 男子一同は、顔面に虚無を浮かべたままこちらを見ていた。

 そうだ、君たちはまだ働かされるのだよ。工作員としてな。


 ……無論私もだけど。


 隅のほうでおとなしくしていた子鉄くんが両手を握ったまま、立ち上がった。


「そ、それ、ブラックじゃないですか、絶対何らかの法に反してますよ。少なくとも校則だとかそこらは確実にアウトなはずですよ、ほらこの十二条、四項に『われら志和生は「立身」の精神を磨くため勉学に励み、その他課外活動などの実施についてはこれを妨げないものとする』って」


「あ、手帳が」


 柊の生徒手帳を警察手帳だとか水戸黄門の印籠のように掲げた。だがしかし、その高校生の十戒が書かれた経典の文言は、あっけなく打ち砕かれたのである。

 なるほど、といい、京香先輩は子鉄君の手から手帳を奪い取った。


「「志和生は、勉学に励み、課外活動の実施についてはこれを妨げないものとする」か。じゃあ、君たちに問題だ。「これ」が指すのはどちらかな」


 首を右後方に傾け、京香先輩は手帳を子鉄くんの手に返す。それを柊は「返せ」と言って奪い返した。


「そりゃ、勉強のほうっしょ。親だって「ベンキョーしろ」っつって高校入れてんすから」


 三十木がいう。


「そうか?私には「課外活動の実施は、これを妨げない」と読めるんだがなあ」


 悪そうな笑いを隠さずに、京香先輩は顎を指で持ち上げた。


「そんなの、一休さんじゃないんですから。そういうの許したら、言ったもん勝ちですよ」


「法律はそうして抜け穴が作られているんだ、知らなかったか?」


 京香先輩の圧に対し、唇を噛む一同。たたみかけるがごとく先輩は続けた。


「部活が潰れるときに、それを律儀に守ってる奴がいるか?いないだろう。さあ、君たちも居場所を失いたくなければ、働くのだ」


「うわあ、鬼だ」


「あと成績低下しない程度に、せいぜい勉強しろ。私が教えてやる。お前たちもベンゼン環の美しさをあがめる嶋村教徒になるのだ」


「勉強、できるんですか、京香先輩」


 三十木が私に助けを求めた。残念ながら私は無力である。京香先輩は私生活については、全く明かしたことはない、極めて謎が多い女である。ただ噂だけならいくつも聞く。


「わかんない。先輩、点数だけは良いみたいだけど」


「吐きますよ、俺」




「ともかくだ、第一の計画は生徒総会まで。今日中に絶対、終わらせるぞ」


「了解」


 謎に一致したかけ声に、笑いの渦が生まれたのだった。

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