体育祭を、ぶっ壊す。4
柊の放ったのは礼儀とか遠慮の一切ない言葉でありながら、確かに的確に面々の精神と一致していた。「やりたくない」。それは確実な重責を伴う仕事からの逃走本能の帰結である。
アカウントの運用担当というのはすなわち重要部門の管理責任者であり、幹部の証だ。確実に京香先輩がなにかしらしでかした場合に悪事の責任を問われるのは、目に見えている。
それを誰にするかという問題、それは「島」を囲む蠱毒の面々の脳内では、その決定はむろんレベルは違うだろうが、アステカの人身供犠か、近世ヨーロッパの魔女裁判で引き出されているのと同種の苦痛を想定していた。
「私は、できればみんなにやってもらいたいと思うんだけど」
適当に予防線を張って、私自身に負担がかかりすぎないような形になるようやんわりと牽制を試みる。が、その企みは失敗した。この世に進んで罪をかぶりたくなる人間が現れる場合は、既に人生にあきらめが生じている場合くらいである。
「とりあえずここは部長である先輩がやるってことでよくない」
「よくない」
柊の捨てるような言葉に、私は言い返す。さすがにこれから何かやらかすであろう時に、説教確定演出が虹色に輝き、なにかが腹のそこからこみ上げてきたりしそうなこの仕事をやりたがる者はいないと思う。ただ、このままでは私の心労がもたない。
なんとかして、少しはスケープゴート、もといわが心の苦痛を共有できる同士として私の悩みを理解してくれる人がほしい。
「部長の仕事もあるし、時間は取りにくいけど、可能な限り手伝うからさ」
ね、と合掌しても特段よい反応は見られない。当然。
ただ、アカウントの「中の人」というのは攻めたことを言えるけれども慎重派である必要があるわけで、それができる人間はやっぱり少ないとは思う。私は逆に消去法で任命する方法に切り替えた。
「じゃあまず、やるべきじゃない人から出していこうか」
「やるべきじゃない人、って」
一斉に視線が特定の人に向く。当人は何か言いたげに眉をひそめていた。
「京香先輩はナシだろうし、自然と前科のある子鉄くんは避けた方がよさそうだし」
私が言葉にすると、むっと京香先輩はこちらを睨み付ける。そして「島」のこちら側に踏み込んでくると、その高い身長を利用して存分に威圧感を発した。
「おい、なぜなんだ。私が扱えば最も効果的な宣伝ができるというのに」
「先輩に運用させたら、アカウントが火の海になりますよ」
長岡さんが言う。一瞬京香先輩がたじろいだように見えた。
「失礼な、私にだって常識の一線はある、守らないだけだ」
「それを反復横跳びするようなんだから、任せられないんでしょう。前だって先輩、溝口先生を挑発して激怒させてましたよね」
至極不満げに京香先輩は戻り、お誕生日席にどっしりと構える。椅子の背もたれを軽く傾けながら窓辺のフェンスに体重を預け、ふんぞり返るようにしていた。
「そもそも、単にあちらが敵意を向けてくるから応戦しているのであってだな」
「余計に火の粉を散らしてるじゃないですか」
「間違いなく、ネットに向いてないすね」
ロッキングチェアのようにして京香先輩はフェンスに引っかけた状態から椅子を戻し、元の机に体を起こした。
「そうかそうか、そんなに私が不満なら、好きにやってくれ。じゃあはじめに作ったイムちゃんでやるっていうのはどうだ」
面々がイムちゃんに視線を向けると、彼女は自分の持っているスマートフォンをいじり、その視線だけを上目遣いにして言った。
「うちはいやですよう、だってうち、自分のやつだけで手一杯でありまして、でへ」
見ての通り、とでも言いたげに彼女はわざとらしくスマホを机の下にやる。
協力は得られなさそうな感じだ。
「誰もやらないのか」
「こういうのは、言い出しっぺの法則ってのがあるけど」
「や、俺は家がちょっと厳しいっていうのかな、とにかく家で触ると怒られるんで」
「流石に私に対してこれだけ言っておいて、君らがやらないというのは、話が違うと思わないか、なあ」
足を組みながら呆れたような表情を見せる。
とはいえ、京香先輩にやらせるのがまずい、という共通認識は同じであった。
「いやいやいや、そうじゃなく」
「ここはなんとかみんなで出来る人がやりましょうよ、っていう話で」
必死の抵抗を見せる蠱毒男子たち。だが。
「ふーん、じゃあ1分以内に決まらなかったら私がやるってことで」
彼女には、遠慮の概念は通じなかった。
恐怖の宣言をした京香先輩に尻を叩かれた面々は青い顔をし、話し合いの速さを上げる。
この中で、一番マシな人というのは、誰だろうか。非モテ3人衆はマイナスになるイベントを発生させることがないであろうぶん戦力としてはよいのだが、いかんせん何もしないが彼らの持ち味であって、その誰かを引き離したところで広報活動をしたりすることは一切なさそうだ。
簡単にいえば、「悪い仕事はしないが、そのぶん、普通の仕事もしない」だろうな、という雰囲気を感じる。彼らの気だるげな態度は、今回の知名度を上げるミッションには不向きだと言わざるを得ない。
四津角はふるふると首を振るばかりだし。
「わかりました、わたしがやります」
ついに手を挙げたのは、長岡さんだった。
「みなさんが適当に決めるくらいだったら、わたしがやりますよ。なにより、他のみなさんより絶対か・わ・い・い・ですし」
「長岡さん。あなたで決定しますけど、それでいいんすね、やっぱやめたっていうのはナシっすよ」
「だって他に誰もやらないんですよね。京香先輩に任せるのは不安ですし、他の皆さんだと永遠に決まらない感じでしょう。それならわたしがやった方がいいじゃないですか、広報担当なんだから、華がないと」
「賛成ですね」
これまで黙っていた非モテ3人衆が揃って言う。
「ま、いんじゃないですか、妥当な選択しょ」
柊も雑に生え散らかした無精髭を掻いて、椅子に腰を下ろした。
非モテ3人衆は責任の可能性から解放された瞬間そそくさと定位置に戻り、部室の隅で固まって携帯を手に井戸端会議に勤しんでいる。
「じゃ、これ配りますんで、一応全員もっておいてください」
私はアカウントの創設者であるイムちゃんから受け取った大型のふせん紙を、一枚ずつ蠱毒のメンバーに配っていった。書かれているのは、文字・数字の羅列とメールアドレスである。
「くれぐれも見られたりしないように、厳重に管理をお願いします」
「私のはないのか」
「京香先輩には、ないです。どうせログインできませんし」
「ありえん」
先輩はむっとして黙り込んだ。
沈黙は、日本の会議における了解であるという意思表示である。海外においても沈黙は不在票として扱い、自然と発言者の意見に対する棄権ではなく賛成としてとられることもあるらしいという。
しかし男子諸君は、自分の決定に際する意志を放棄し、賛成した。そのあと、どんなことになったのかは、言わずもがなである。
翌日「広報活動の助手にあたる、非モテ3人衆になります」という文字が手書きで記入された写真が、公式アカウントから何の告知もなくアップされたのだった。
あきらかに盗撮であろう集合写真とともに、である。
京香先輩が絡んでいるのは間違いなさそうだった。




