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自殺紳士  作者: かがりいずみ


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11/15

いらない人

私はいつの間にか白色の錠剤が入った瓶を取り出していた


頭がぼーっとしている

世界がぎゅーっと押し寄せてくるようだ


息苦しい

苦しい

苦しい

誰か助けてほしい


でも…


私は、ここに助けが来ないことを知っていた

私が一番、そのことを知っていた


アパートの一室

誰もいない

誰もいたことがない


あゝ

胸が苦しい


早くこの苦しさをなんとかしたい

この苦しさを消してほしい


私は瓶から錠剤を3〜4粒取り出して口に放り込んだ


苦しさは変わらなかった

吐き気がする

 内臓を全て吐き出したい

心を胸からえぐり出し

虚空に投げつけてしまいたい


早く早く早く⋯⋯


私は次々と錠剤を口に入れた

それは小さな子がぼんやりと

ただ自動的にラムネを口に運んでいるようだった


指先がしびれてくる

 薬が効いてきたのかもしれない

これで、少しは楽になるだろうか


一瞬

 『もう目が覚めないかもしれない

  死んでしまうかもしれない  』

という思いが過ぎったが


それはそれで喜ばしいことだった


だって、

私は要らない人だったから


ふらりふらりと頭が揺れて

ああ、これで⋯

そう思ったとき

アパートの扉が激しくノックされた


「ちょっと、誰かいませんか!?」


誰かがワタシを呼んでいる⋯?


私はフラフラと扉に近づき、鍵を開けた

私が扉を開けるより前に

扉が開いた


そこには知らない男性が立っていた


黒い服

 黒に近い濃紺のネクタイ

年齢は20代前半くらいだろうか


誰?


そう思った途端、私の意識は深い暗闇に吸い込まれた


☆☆☆

ここはどこ?


薄っすらと目を開いた私は

見知らぬ天井を見ていた


白い天井

 格子のような模様


カーテンが見えた


次にわかったのは、私が寝ているのが

硬いベッドの上ということだった

シーツもゴワゴワとしている


それで、ここが自分の家ではないことに気がついた


誰もいない⋯

それは私にとってはとても親密な感覚だった


家に帰っても、誰もいない

 職場にいても、誰も私に話しかけない


職場では「事務員さん」

街では「お客さん」


私は話をするけど

 ワタシは話をしていなかった


私は誰かと関わっているけど

 誰もワタシを必要としていなかった


そうだよ、だって⋯

 もう何百回も思い出される言葉

 小さい頃

  何歳の頃かは覚えていないけど

ワタシは母からこう言われた


『アナタなんて産まなきゃよかった』

『いらない子だ』


別に涙も出ない

 悲しくもない


ただ、そのとおりだと

  本当にそのとおりだったと思うだけだった


それは、空っぽのようで

 寒々しい気持ちにワタシをさせた


「あの⋯」

突然男の人の声がした


 え?


ワタシはベッドの脇に男の人が座っているのを見つけた

今まで誰もいなかった?


いや、居たのだろう

ワタシが気づかなかったのだった


 黒い服、かろうじて黒ではない濃紺のネクタイ

晩夏とは言え、まだ暑い盛りだというのに

まるで葬儀屋のような姿の男性は

 ワタシのことを心配そうに見つめていた


「あなたが私を助けてくれたの?」

「病院に連絡しただけです。助けてくれたのはお医者様です」

「どうして私の部屋に?」


ワタシは不思議に思って尋ねた

誰も、私の部屋に用事なんてあるわけ無いからだった

聞きながら、ワタシは、何か妙な期待をしている自分に気がついた


「あなたが、死のうとしていたからです」


⋯?


男性の答えはワタシが想像したどのセリフとも違うものだった


「私は死のうとなんてしていなかった。

 ただ、苦しいのを抑えようとしただけだった」

「どう考えたかはわかりません

  でも、あなたの部屋からは死の気配がしたんです」


それから男性は不思議な話をした

 ずっと前に自分も自殺をしたこと

 そのときに神様に会ったこと

 神様から自殺を止めるように言われたこと

 でも、何人の人の自殺止めればいいかを思い出せないこと

 神様から力をひとつもらったこと

 だから、死にたい人がいるのがわかる、ということ


ワタシはこの信じられない話を

 それでも信じていた


たしかにワタシは死のうとはしていなかった

 でもそれ以上に生きようとしていなかったのだ


男性がワタシの自殺を止めるのが遅れたのは

 ワタシが直前まで死のうとしたわけではなかったかららしい


 錠剤を飲みながら

 「生きていなくてもいい」

 そう思ったときに

 男性に死の気配が伝わったのだった


「遅くなってすみません」

男性は頭を下げた


「いいの」

ワタシはコロンと寝返りをうち

 男性に背を向けた


この人は誰で

 なんでこうしているかわからないけど


役割ではないワタシを

 見ている人だと思えた


でも、ワタシはそういう人とどう話していいか

わからなかった


「2〜3日で退院できるそうです」

男性は言い添えた


ワタシはずっと壁を見つめていたが、

 男性は出ていこうとはしていなかった


1時間近く経っても

 男性はそこに居た


「ワタシ⋯要らない人なんです」


ワタシは話をしていた

 壁を向きながら

 人に話をしていた


長い間胸の中にしまわれていて

 もう腐りかけていた想いだった


触れられない髪

 求められない身体

聴かれない歌

  知られない想い


今、ワタシがなくなっても

 世界は何食わぬ顔で回り続けるとしたら

ワタシは、ワタシは

  何処にいればいいのだろう?


それでも、誰かが必要としてくれたら

 誰かがワタシと手を繋いでくれれば


生きていかれると思えるのに

 ワタシの手は誰ともつながっていなかった


男性はワタシの言葉を聴いていた

 ワタシは話し続けた

いつしか頬に涙が伝っていた

ワタシは嗚咽し

 腐った内臓と

 昏い心をえぐり出すように話した


あまりにも静かに男性は聴き続けた

 ワタシはほんの出来心で

尋ねてしまった


「この世に、要らない人はいると思いますか?」


それは、ワタシの心の真ん中にある問だった

ずっとそればかり考えていた

 そして、私は答えを知っていた


きっと、男性は答えに窮してしまうだろう

そう思った


――いる と答えれば私を傷つける

――いないと答えれば嘘つきだと言われる

――どちらでもないと言えば逃げになる


だって、私は答えを知っているのだから


「そんなの⋯」

ワタシが話し始めて

男性は初めて口を開いた


「そんなの、いないに決まってるじゃないですか」


⋯


あまりにも当然のように言い切った男性に

ワタシは気勢をそがれてしまった


なんで少しも考えもしないの?

なんで、そんなに言い切れるの?

なんで、ワタシが必要だと言い切れるの?

何も知らないくせに!


ワタシは猛然と腹を立てた


言い返さなきゃ

と思って振り返って

男性の目を見て驚いた


男性は泣いていた


「当たり前じゃないですか

 誰が要らない人だって言うんですか」


ワタシは男性が嘘をついていることがわかった

 男性は、ワタシを傷つけまいとして

 今、自分が持っている精一杯の言葉を使ったのだった

それは、何にも工夫されていない言葉だった


あゝ そうか

 この世に要らない人が居ないとか居るとか

 ワタシの心にある問いは

 そんなのではなかったのだ


誰かに「あなたが必要だ」って

 ただそう言ってほしかった

ただ気持ちを込めて

 居てほしいと叫んでほしかったんだ


ワタシはそっと目を閉じた


☆☆☆

数日後、わたしは退院した

 自殺未遂をしたらしい


親族に連絡が行き、

 わたしは会社を1ヶ月ほど休むことになった


休んでいる間、

 わたしは色んな所に行った

 映画を見た

 美術館に行った

 前にCMで見た、瀬戸内海の島にも行ってみた

 趣味のサークルがあったので、参加してみた

 ダイビングのワークショップ

 陶芸教室


そこで、人に会った

 人と話をして

 また来ますと

   そう言った


別にわたしは要らない人ではないとは思えていない

 でも、「わたしは必要な人なのか?」

と考えることは、少なくなった。

その問い自体が、わたしにとって、あまり必要でなくなったのかもしれない。


それでも、ふと、

 「わたしは必要な人なのかな」

と思うときはある


そういうとき、必ず思い出す光景がある

 経験していないはずなのに、確かに知っているという

不思議な光景


 それは涙、

  言葉もなく

 わたしを見つめる目と涙


ただ、ただ、温かかった

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