第7話 交換条件
ヘンリエッタ嬢は現状詰んでいる。
――ガラガラ、バタンッ
「話は聞かせてもらった!」
そんな共通認識が暗い影を落とす雰囲気の中、突然ガラリと大きな音を立ててドアを開けて入ってきたのは、マスターだった。
ああ、話がややこしくなる気しかしない。
いきなり入ってきた男にヘンリエッタ嬢はびっくりしていたが、うちのマスターだと気付くと慌てて先日の謝罪を始めた。
それを片手で制止するマスター。
「ああ、謝罪はそんなもんでいい。それ以上は不要だ」
「マスター!そんな安易に受け入れては!」
「別にいいだろ、減るもんじゃないし」
おいおい、またそれかよ。
「女王陛下の権威が減りません?」
「あの女はそんなの気にしないよ」
女王陛下をあの女呼ばわりするマスターに、ヘンリエッタ嬢がドン引きしている。私も初めてその場面に遭遇したらそうなると思うので、無理もないと思う。
「まぁ、マスターがそう言われるなら、一店員である私は従うだけですが。
でもヘンリエッタ嬢はその先どうするの?侯爵家の役に立つ証明ってどうやるの?」
「学園にあるダンジョンは20階踏破が卒業の条件の一つですが、卒業までの期間だとごく一部の優秀者だけが可能だといわれる30階踏破。現時点でそれを成功させて、優秀な人間であることを証明し、それをもってお父様にお許しを願おうと思っています」
「それならOKが出ると?」
「わかりませんが、それくらいしか思い浮かびませんでした」
「まぁそれしかないなら、それをするしかないか。で、できそうなんです?」
「そのために奥の手としてここのビキニアーマーを購入するのがよいとアドバイスを受けました。学園ダンジョンで使用するのはかなり反則的だけど、その分効果はあるし、今の私が30階を踏破するのは、それくらいしないと無理だと」
「なるほど、確かにマスターのビキニアーマーならそれだけの性能はあるかもしれません。ですけど、お金は足りてるとしても、あとはあれを着る決意だけ?そっちの……恥じらいの方はもういいんですか?」
「着ること自体は背に腹は代えられないというか。ですが、むしろ今はそのお金がなくて……」
「そりゃ、そうだ。侯爵家を追放される人間に誰も大金なんて出さんよな」
マスターの飾り気のない無慈悲な言葉に、ずーんと沈むヘンリエッタ嬢。
「いくらくらい持ってるんですか?」
「今までの私のお小遣いをかき集めても、せいぜい金貨数百枚くらいで……」
いや、金貨数百枚って相当よ?
田舎なら*金貨1枚、王都でも金貨数枚あれば四人家族が一月暮らせるわよ。
※金貨1枚=約10万円
最低ランクが金貨10,000枚のビキニアーマーの相場がおかしいだけで。
「残念だけど、それじゃ全然足りないわね」
「そこをなんとか!足りない分は侯爵家を追放されずに済みましたら、すぐに倍額をお支払いいたしますし、追放された場合も不足分は絶対に返しますから!」
「正直言わせてもらえば、追放されない可能性の方が低そうに見えますけど。
それに失礼ですが、現状の信頼関係が皆無どころかマイナスなヘンリエッタ様に借金を申し出られても、無理ですとしか私には言えません」
それに金貨1枚稼ぐのがどれだけ大変か、この侯爵令嬢は全然分かってないだろうからなぁ。数千枚は簡単に返せる額じゃないのよ?
というか一流冒険者、いや二流冒険者が一山当てればギリギリいけるかな?というところで、一般人には到底無理な金額だけど分かってるのかな?
「うーん」
マスターが目を瞑ったまま腕組みをして、何かを考えている。
その様子に私は嫌な予感しかしない。
「よし、ちょっと待ってろ」
そういうとマスターは部屋を出ていき、少ししてから一着の純白のビキニアーマーを持って戻ってきた。
「あ、マスター。そのビキニアーマーは」
「うん、ずっと売れないやつ」
そうなのだ。
デザイン自体は純白のビキニで悪くない。むしろかわいいといえるデザインを気に入って、このビキニアーマーを手に取る女性は多い。
初期型の作品なので少し魔法回路が古いらしいが、防御性能は申し分ないし、傍目には違いがまったくわからないし、私にもわからない。
この店内では唯一と言っていい破格の金貨5,000枚のお値段なのだが、まったく売れない。
機能は十分で安くてデザインもいい。手に取る人も多い。
なのにまったく売れないのは、もちろんそこに理由がある。この純白のビキニアーマーを手に取った人は、この商品の付与効果の説明文を読んだ直後、一人の例外もなく元の場所にそっと戻すのだ。
では、さっそくこの商品の説明書きを見てみよう。
物理防御:B 魔法防御:B 対汚、温度調整、自動清浄機能付き
追加特殊効果:相手がこのビキニを10秒間凝視し続けると、その相手からはビキニトップの部分が透けて見える(気がする)
この余計な追加特殊効果のせいだ。
マスターに言わせると、条件を満たすのは結構厳しいらしい。
一瞬でも目線を切ってはダメ、瞬きしてもダメ、手で遮られてもダメ。10秒間は絶対目を離してはいけない。
うん、確かに戦闘中は無理だろうね。
でもね、そういう問題じゃあないんだよ。
「こんなの装備する女性にとっては絶対に許容できない!」って言ったらマスターは
「ほら、ここにこう書いてあるだろ?《《気がする》》って。本当に透けて見えているわけじゃないんだ。
女性側からすれば本当に見られているわけではない。男性側からすれば透けて見えている。Win-Winじゃないか?」
それを聞いた瞬間、思わずハリセンでマスターの顔面を思い切り殴っちゃったけど、私悪くないと思うんだ。
いや、むしろどうやったらこれらの条件を満たす魔法回路が描けるのかと、小一時間問い詰めたい。いや、実際に問い詰めたよ。
そしたら鑑定魔法を防ぐ/通す/偽の鑑定結果を表示するといったあたりを応用しているらしい。
いや、確かに私はどうやるのか聞いたけどさ、答えは本当にどうでもよかったんだけど。
で、このビキニアーマーは不良在庫ということで、金貨5,000枚からさらに割引して金貨3,000枚でヘンリエッタ嬢は購入することになった。
足りない分はうちに借金ということで。
ヘンリエッタ嬢がちゃんと借金を返せるかどうかは微妙だけど、まぁこれはこの先も明らかに絶対に売れない不良在庫だからなぁ。
割り引いてくれて、しかも残りは分割返済でいいと聞いたヘンリエッタ嬢は、マスターに何度も頭を下げていた。
もっともその商品説明文を読んだヘンリエッタ嬢は、本当に嫌そうな顔をしていたけど。
わかる。
私もこれだけは着たくないもの。




