第3話 ロイヤルファミリー
その日の午後、急にうちのお店が貸し切りになった。
「おう、来たぞ」
なぜなら、例の鉄券を下賜された女王陛下が来店したからである。
「お前くらいになると、逆に呼びつけてくれた方が面倒なくていいんだが」
マスターが苦笑しながら一行を出迎える。しかも女王陛下をいきなりお前呼ばわりだ。
しかしマスターはもう少し言葉遣いがなんとかならないものだろうか。女王陛下と仲がいいのはわかっているけど、ひやひやしてしまう。
とはいえ女王陛下のお付きの人も慣れたもので、もうマスターに何も言わない。でもお側に控える近衛隊長のおヒゲが、とってもプルプルしているのも事実だからなぁ。
もっとも女王陛下自身は、そんなマスターの言葉遣いにまったく気にした様子もなく、笑いながらマスターと会話しているけどね。
「出不精なお前のことだからな。妾が呼び付けたにしても、来るのがいつになるかまったく分からん。むしろ忘れてたと言って、ずっと来ない可能性まである」
女王からの登城命令を無視するなど、本来ならばありえないのだが、マスターなら確かにありうると思ってしまった。しかも先の鉄券を持ち出して、「女王陛下が誰からの呼び出しを受けなくていいと言ったのに、それを自ら破るのか」くらいは言いそうだ。
「それにな、こうやってきれいに陳列されているのを見るのも楽しいじゃないか」
と女王陛下は店内にディスプレイされたビキニアーマーを1つずつ手に取り、楽しそうに見ている。
そう言ってもらえるのは、陳列に工夫を凝らしている我々店員からすれば、とても嬉しいお言葉だ。すると私に気付いた女王陛下が
「おお、フラウじゃないか。元気にしておったか?」
「はい、お陰様をもちまして」
と私に声を掛けてくださったので、深くお辞儀をして答える。
なぜか女王陛下は、私にもいつも親しく接してくださるのよね。
「そうか、それは良かった」
にこりと微笑みかけてくれる女王陛下。周辺諸国からは肉食獣の獰猛な笑みとも称されるが、とてもそうは思えない美しい笑顔だ。
名君と名高い女王陛下だが、戦場においてもその名声は轟いている。マスター製作のビキニアーマーを着込んで陣頭に立って戦うこと連戦連勝。並ぶ者のない名将だ。
攻め寄せる周辺諸国を散々に打ち破り、逆に攻め込まれて領土を切り取られた国からすれば、その笑みは獰猛な肉食獣に見えるのだろうか。
「で、今日はどうしたんだ?お前のアーマーはもうあるだろ?あれよりいいのはなかなか作れんぞ」
「おお、そうだったな。お前と話していると楽しくてつい脱線してしまう。まぁ違うデザインのをもう1着というのもありだがな、特にこれはとてもよさそうだが……」
女王陛下が手に取ったのは、うちの店内でも極めつけに布地面積の少ない逸品だった。ビキニというより、もうほとんど紐。
えええええ?女王陛下がそれを身に着けるのは、色々見えちゃって、さすがにちょっとマズイのでは?
だけど、マスターは通常営業だ。
「おお、それに目をつけるとはさすがだな。俺の中でもお気に入りの逸品だ。
だがさすがに布地が少なくてな。魔法回路がそんなに描けなかったから、付与効果も最低限なんだ。数万もの兵を率いて陣頭に立つお前に対しては、さすがにこれでは心許ないな」
じゃあ、そんなのに付与すんなよ!
私は喉元まで出掛かったその言葉を、ここは女王陛下の御前だとかろうじて飲み込む。しかし私が何を言いたいのか気付いたのだろう。女王陛下が苦笑しながら私に話しかけてくれた。
「フラウよ、言いたいことは分かるが、付与魔術においては魔力回路を正確に描くことこそが一番のポイントだ。それをこの布地に描けるほど、小さく正確にできるというのは、それだけで本当にすばらしい技術なのだよ」
この紐のような布地に魔力回路が正確に描けるというのは、それ自体が最高技術の塊ってことかぁ。確かにそう言われれば理解はできるんだけど……私はマスターをちらりと見た。
「おお!今気付いた」とばかりに手をポンと打っている。
「そ、そうだぞ、フラウ。女王陛下の言う通りだ。だから今後はこのような小さな布地をビキニアーマー化するときに、いちいち小言を言うんじゃないぞ?」
「くっ、今気付いただけのくせに!」
「そ、そんなことはないぞ」
女王陛下が私たちのやりとりを見て笑っている。
「おっと、話が逸れてしまったがいいか?今日の主な用事は妾ではなく、こちらの我が娘の件になる」
「はじめまして、第一王女のグラウワルトと申しますわ。ワタアス様の天才的な付与魔術の腕は、いつも母である女王より聞き及んでおります。今日はよろしくお願いいたします」
とてもかわいらしい王女様が女王陛下の後ろから歩み出てきた。
髪色こそ女王陛下の深紅に対して、キレイなブロンドと違いがあるが、その顔立ちやシルエットは女王陛下を一回り小さくしたまるで精巧な美しい人形のようだ。
ちなみにワタアスとはマスターの名前だ。
「こいつをそろそろ戦場に出してもいいかと思ってな。この娘の分のアーマー製作をお前にお願いしたい」
おおう、これは大仕事だ。王位継承権もある第一王女の戦場用のビキニアーマーとは。
「だけど、いいんですか?まだ未婚のこのように若くて美しい王女様がこれらを着用するなんて。ここの店員である私が言うのもなんですが、こんな破廉恥なビキニアーマーを着て戦場に立つのは、問題があるのでは?」
「何を言っているんだ、フラウ。あれに勝る舞台などないぞ。
万を超える兵士たち、その全てが妾を見つめるのだ。それらの視線をこの一身に浴びる感覚たるや……」
女王陛下はうっとりとした顔をして語り始めた。
その戦場の光景を思い出しているのかもしれない。
「あれはいいぞ、病みつきになる。
いつもはかしこまって、妾の前ではまったく顔を上げない兵士たちも、あの時ばかりは妾の肢体をチラチラと盗み見ているのだ。『この女とヤリたい』敵も味方も全ての兵士が妾をそのような目で見る、これほどの愉悦が他にあるか?」
あれ?おかしいな、名君の誉れ高い女王陛下って実は変態さんだったのかな?
「はい、お母様。私も早くそれを味わいたく存じます」
先程までは少し表情に乏しいように見えた王女様だったが、今は母である女王を信頼した目でじっと見て、握りこぶしを両手に作ってやる気を表している。
あれ、第一王女様もそっち側なの?
私がおかしいのかな?いや、そんなことないよね?




