第2話 貴族令嬢
見るからに高貴な雰囲気を漂わせた美少女が、ぞろぞろと取り巻きを引き連れて店内に入ってきた。
「ここかしら?噂の天才付与魔術師の店は」
「お嬢様自らこんなところまで出向かなくても、そんなやつは呼びつければいいんですよ!」
さっそく取り巻きが息巻いている。
あー、厄介な予感しかしない。
「いらっしゃいませー!」
私はそんな空気を微塵も出さずに、とりあえず明るく出迎える。
「あら、かわいらしいお嬢さん。ここの店員さん?噂の天才付与魔術師さんはいるかしら?」
「マスターに、どういったご用事でしょうか?」
「用件は私が直接伝えるので、連れてきていただけるかしら?」
「あー、申し訳ないのですが、マスターへの用件は全て私を通すことになっておりまして……」
「なんだと、てめぇ!」
そこまで私が言ったところで取り巻きの一人が、腰の剣に手を掛けながら激高する。
それを貴族のお嬢様が手を広げて制止する。
「おやめなさい。こんなかわいらしいお嬢さんに、そんな乱暴な口を叩くものではないわ。名もなき平民の娘を斬って、あなたは誰に誇るつもりなの?
無抵抗の民をいたぶったとして、シェスター侯爵家の名が汚れるだけよ」
取り巻きはそのお嬢様の言葉に不服そうにしながらも剣を収めた。
シェスター侯爵家の令嬢かぁ。
お付きの人たちはただの乱暴者だけど、侯爵家のお嬢様は少しはまともな人のようだ。とはいっても、その調子がいつまでもつか分からないけどね。
お嬢様と呼ばれた侯爵令嬢は、近くにあった漆黒のビキニアーマーをひょいと手に取って冷めた目で見ている。
先程から勝気な表情を浮かべている赤茶色の髪の侯爵令嬢は、かなりの美少女だ。しかも少しあどけなさが残る風貌に反して、そのボディラインは服の上からでもはっきり分かるほど発育がいい。
あなたのような顔立ちの美少女が着るならその黒いビキニじゃなくて、もう少しスポーティーなタイプがいいと思う。髪色に合わせて、その隣にある赤と白のチェックのビキニが似合うんじゃないかなぁ。
でも、多分そういう話にはならないと思うけど。
するとその侯爵令嬢は数秒後に
「こんな破廉恥なものを着る人の気が知れないわね」
と言ってその漆黒のビキニをぽいっと元のマネキンに放った。
はぁ、やっぱりね。
それから侯爵令嬢は私を呼びつけると、右手の人差し指に填められていた指輪を外し、テーブルの上に置いた。指輪に嵌められた大粒のサファイアのせいか、置いた拍子にゴトリと大きな音がした。
「こちらはシェスター家に伝わる由緒正しい指輪なの。不壊、清浄、氷魔法……この指輪に相応しい最高の魔術を付与しなさい。もちろんお金に糸目はつけないわ」
目の前の侯爵令嬢はすぐ近くのビキニアーマーの値札を確認しながら、そう言い放った。
侯爵家ともなると金貨10,000枚は大した金額じゃないのか、すごいな。
「なるほど、お断りいたします」
だけど、私はにべもなくそう断った。
「あら、聞こえなかったかしら?金貨なら1万でも2万枚でも払うわよ?」
「『金貨ごときのために、自分のやりたくない仕事はやらない』とマスターはおっしゃると思いますね」
「てめえ、さっきから大人しく聞いてれば調子に乗りやがって!」
さっきの取り巻きがまたもや腰の剣を抜いた。
お前は最初から全然大人しくなかった気がするが……とはいえ、やはりこうなってしまったか。
侯爵令嬢もその取り巻きをたしなめているが、先ほどよりはその言葉から力強さが欠けている。少しくらいは私が痛めつけられた方が話が早い、とでも思っているのかもしれない。
だから私は、店内中央の柱のちょうど私の目線の高さあたりを指差した。
そこには黄金の額縁の中に、ピカピカに磨かれた金属のプレートが嵌められており、黄金の文字でこう刻まれていた。
――この店内においては、いかなる人物であろうと、全てに優先して店主の意向が優先されることを、国王の名において保証する。店主の意思やこの店の営業を妨げる者は、王家に弓引くと同義であると心得よ――
第13代国王 女王ブリュンデガルド
これは今代の女王陛下お墨付きの鉄券だ。
以前、マスターが女王にビキニアーマーを献上したことがあった。
それをいたく気に入られた今代の女王陛下より、何でも好きな褒美を取らせると言われたときに下賜されたものだ。ちなみにマスターは
「ビキニアーマーを着込んだ女王陛下のお姿が、とても眼福だったから他に何もいらない。もし褒美がもらえるなら、またそのビキニ姿が見たい」
と言い放ったらしい。女王陛下をそんな目で見た挙句、それを本人に伝えるなんてどうかしてるが、女王陛下もまんざらではなかったようで、
「それは構わんが、褒美なしというわけにもいかぬゆえ、これでも受け取っておけ」
とその時に貰ったらしい。
これがまた店内でトラブルが発生するたびに大活躍するので、「さすが名君と名高い女王陛下は先見の明がある」と思ったものだ。
なので私たち店員は、掃除のたびに感謝の気持ちを込めてピカピカに磨いている。
「おやおや、女王陛下の鉄券に向けて剣を抜いている狼藉者がいるね。シェスター侯爵家は王家に弓引くという意思表示かな?」
そこで騒ぎを聞きつけたのか、焦げ茶色のボサボサ頭に色んな薬品が染みついた白衣をまとったマスターが奥から出てきた。
「なんだとっ、これが……?そんなバカな!」
「おやおや、これはこれは。王家より下賜された鉄券に剣を向けたのみならず、バカとまで言い放つとは。これはそちらの侯爵令嬢も同じお考えで?」
「ち、違うわ。このバカが勝手にやっているだけよ!」
「ほー。でもそこの王家に喧嘩を売っているバカ者は、見たところ侯爵令嬢の取り巻き――部下のようだが?ならばそれは侯爵令嬢自身、もしくは侯爵家がそうしているも同じこと」
侯爵令嬢は慌てて、その取り巻きに命令する。
「バカ!さっさと剣をしまいなさい!」
「くっ」
しかし侯爵令嬢の命令にもかかわらず、その取り巻きはなおも不服そうで剣を抜いたままだ。私はしばらくその取り巻きの男の様子を見ていたが、動きがないので固唾をのんでこちらを見守っている店員の一人にこう話し掛けた。
「『ここに王家に弓引く謀反者がいる』と王都の衛兵に伝えて連れてきて」
と。
それを聞いた侯爵令嬢は顔を青くして、慌てて他の取り巻きにその謀反者を取り押さえさせた。
「こ、この者は侯爵家が責任をもって罰するわ。だから今回のことは見逃してちょうだい」
マスターはため息を一つついた。
まぁここの店内自体は王家によって守られているとはいえ、相手は大貴族だ。
やり過ぎはよくないし、マスターもそう思ったのだろう。
「仕方がありませんね。今回は見逃してあげますから、とっとと消えてくださいね」
「くっ、覚えていなさいよ」
侯爵令嬢は最後にキッと私を一睨みすると、取り巻きを引き連れて去っていった。
えっ、なんで私が睨まれるの?
「最後は見事なまでの負け犬の遠吠えだったな。
しかし一銭の売り上げにもならなかったし、本当にただの時間の無駄だった。フラウ、塩でも撒いておけ」
私はマスターの言いつけ通りに、入り口からぱっぱっと塩を撒いた。
「もう二度と来ないでね」と。
「せめて一着くらい試着して俺にその姿を見せてくれよなぁ。あのナイスバディならさぞや……」
というマスターの独り言は聞かなかったことにしよう。




