第13話 集中力
その後、私は店頭で売り子をしていたが、先程のローズさんの言葉が気になって仕方がなかった。そのため仕事が手に付かず、うわの空のことが多くなってしまい、他の店員さんに迷惑をかけそうだったので、私は工房に引っ込んで作業をすることにした。
私はちらと背後を振り返る。
そこで作業しているマスターはといえば、先程までのローズさんとのデレデレっぷりはまるでウソのように鳴りを潜めて、魔力回路を描くことに集中している。
もっとも頭の中では、その魔力回路を描いたビキニを美女に着せるという絵でいっぱいかもしれないけど。
マスターはローズさんのことを異性としてどう思っているんだろう?
じっとマスターのことを見つめるが、もちろん返答なんてあるわけがない。
私はため息をつくと自分のデスクに向かった。
以前のやりかけの仕事を再開する。
私は別にマスターと違ってビキニ縛りはないので、付与魔術の対象は基本的にアクセサリー類が多い。この辺は衣服とか装備よりも購買者層が絞られない分、売れやすいというだけの話だ。
私の商品はマスターのようにひっぱりだこの性能ではないのだから。
(一応お店の隅っこに、ワゴンセールみたいな形で置かせてもらっている)
シルバーの指輪の金属部分に付与魔術のラインを意識して溝を掘っていく。
マスターに言わせると、この線1本1本によって魔法が発動するという意思を持つのだから、ただの単調な線ではいけないらしい。
カーブを滑らかにしたり敢えて鋭い直角にしたり、コーナーの手前は浅く掘ったり、逆にコーナーの直後は深く掘ったり、発動させる魔法を1つ1つ丁寧に考えながら回路を作っていかないといけないのだとか。
全然わかんないよ、そんなの。
まぁその前に単調な線すらキレイに掘れないんだけど。
むしろ金属はこうやって掘っていけば、それを見ればある程度出来上がり具合を想像できるけど、柔らかい布の上に直接魔力回路を描いていけるマスターが意味不明レベルでおかし過ぎる。
話を戻すと最終的には掘った溝に、魔石を砕いて細かくしたものと銀を混ぜて溶かした液体を流して線――魔力回路が引ければ完成だ。
私はまだレベルの低い魔法である簡単な魔力回路しか描けないので、魔力回路を描く素材も安物だし、ただの気休め程度の効果しかない。
それでも天才付与魔術師、ワタアスの一番弟子という名前だけである程度売れる。売れてしまう。それがマスターの名前を汚しそうで怖い。
一番弟子ともてはやすけど、1人しかいないだけなのに。
マスターは「気にしなくていい。それで売れるんだから別にいいじゃないか」と言ってくれるけど。
……あれ?確かにビキニアーマーしか作らない大変態だから、マスターの名声なんて最初から地に堕ちてるじゃん。なんだ、気にして損した。
私が作る物は、ビキニじゃなくて汎用性が高いから、私の今後に期待しているって声もちらほらと聞く。
でも私がマスターのようなすごい性能のアーティファクトを作れる未来が来るとは、まったく思えないけどね。
はぁ。あんまり身が入らないから、工房の片付けと整理整頓でもしようかな。
そっちなら考えごとしながらでもある程度できるからね。
――コトリ
そう思って、私は彫金道具を置いた。
「今日はあまり集中できないのか?」
いきなりマスターの声が飛んできてびっくりした。
思わず振り向いてマスターの方を見るとすごい集中力で、脇目も振らずに魔力回路を描いている。
え?今話し掛けられたと思ったけど、実は空耳だった?
いや、そんなことないよね?
そのまましばらくじっと見ていると
「なんだ?」
と聞かれたので、私は少しためらった後に、思い切ってローズさんのことを聞いてみることにした。
マスターはローズさんのことをどう思っているのかと。
「あん?そりゃあローズは見ての通り、バインバインないい女だ」
えっ、やっぱりそうなの?
「ははーん、フラウ、お前。いっちょ前に色づきやがったのか?
まぁお前がローズに憧れるのも分かる。人間、自分に無いものを持つ者に憧れるものだからな。
だがな、世の中は持つ者と持たざる者に分かれるんだ」
あ、マスター。今持たざる者っていうところで、私の胸のあたりを見てたよね?
それに気付いた私は、胸のあたりにボッと真っ赤な火が灯り始めたのを感じた。地獄の業火という名の。
「諦めろ。世の中にはできることとできないことがある。努力で補える才能というものも確かにあるが、生まれ持った才能の中には努力ではどうにもならないものもある。そう、身体的特徴とかな」
ドヤ顔のマスターさん?
いいから、そろそろ黙らない?
「見ろ、この新作ビキニを!」
マスターはドヤ顔で、現在作業中らしきビキニを持ち上げて見せてきた。
それは目に眩しいレモンイエローのビキニ。
ぱっと見て感じたのは、お尻の部分の布地の少なさだ。
「どうだ、この水着は!ぷりんぷりんのお尻が左右に振られるたびに、いやんいやんってお尻が主張すること間違いなしだ。もう想像するだけでたまらんな」
よだれをすすりながら熱弁するマスター。
いや、まったく意味がわかんないよ。
ちゃんとした言語をしゃべってよ。
「まぁこれなら尻だからお前でも……いや、今のお前の貧相な尻じゃ、見る方が悲しくなるだけだな。そうだな、お前はもっとたくさん食うべきだ。さっきの話じゃないが、尻ならば努力でなんとかなる未来もあるだろ。
あ、でもその前にお前はブラトップの方が絶望的に無理だったか。いやぁ。スマン、スマン。アハハハハハ」
それだけ言うと、マスターは再び何を言っても反応しないくらいの集中に戻っていった。
私は一瞬頭が真っ白になるほどに唖然とした後、沸き上がってきたのは、たとえようもないほどの怒りのマグマだった。
私はギリギリとハリセンが音を立てるほど握りしめて、今まさにマスターをぶったたく!という勢いで振りかぶっていた。
しかし私も付与魔術師の端くれとして、作業中のマスター――産み出されるアーティファクトは全て国宝クラス――を引っ叩くのには抵抗があった。
でもこの怒りを私はどうしたらいいんだろうか。
私はわなわなと怒りで打ち震えたまま、その場に立ち尽くした。
――そうだ!
私は鉄製のハリセンにその怒りをぶつけることにした。
そのハリセンでマスターをぶったたくことを想像しながら。
――強化!強化!強化!
――硬化!硬化!硬化!
――反発力大!反発力大!反発力大!
私はそう魔法の効果を念じながら、怒りに任せて鉄製のハリセンにガシガシと線を刻んでいく。
気のせいかいつもよりも線が生き生きとしていて、力強さを感じる。
なんか今日は調子がいいかも!
いつもマスターをぶったたくのは厚紙製のハリセンだけど、今の私には紙みたいな柔らかい物に魔力回路を描くことはできない。
だから鉄製でもしょうがないよね♪
――ね、マスター?




