第11話 最高のアーティファクト
そんな風に少しずつ義足がある生活にも慣れてきた。
まだまだぎこちない動きで、バランスを崩して転倒しない日など1日もなかった。
だけど脚ができた私は行動範囲が広がり、マスターの寝室や台所や水場などを片付けることができるようになった。
火は危ないからと許可が下りなかったが、火を使わない調理はするようになった。
まぁパンに肉や野菜を切って挟む程度だけど。
そしてその頃になると、マスターが何の仕事をしているのかがぼんやりと分かるようになってきた。
私がずっと生活していた居住スペースと店舗スペースの中間には、マスターの工房がある。
マスターがその工房に籠ると、店員さんがどんなに呼んでも出てこない。
店員さんのノックする音とマスターを呼ぶ声は、毎日の定番メロディとも言えた。
でも私が呼ぶとなぜかすんなり出てきてくれるので、店員さんからは「私の存在が助かるー」と、とてもかわいがってくれた。
私にとっては、こんな私を必要としてくれたことがすごく嬉しかった。
そんなマスターを呼ぶときにちらりと見える工房の中は、キラキラと色々なものが光輝く不思議な空間であるとともに、下をみればまったく足の踏み場がない雑多な空間でもあった。
ちなみにその工房も片付けようとしたのだけど、ここだけはしなくていいとすぐに追い出された。
この頃にはマスターとも普通に会話を交わすようになっていた。
今までほとんど言葉を交わすことがなかったのは、別にマスターが無口な人だったわけではなく、私が話し掛けてくるのを、話し掛けられるようになるのを辛抱強く待ってくれていたからだった。
それを知った時、私は初めて
「私を助けてくれて、ありがとうございました」
とマスターに心から感謝を伝えることができた。
マスターは気にするなとばかりに私の頭をがしがしと乱暴に撫でたあとは、軽く笑うだけで何も言わなかった。
そんなマスターの私生活はとてもだらしないが、表の店員さんからはマスターは天才的な技術者であり、稼ぎはすごいと聞いていた。
その店員さんが「稼ぎはね……」と苦笑しながら語尾を濁していた理由は今なら分かる。
それを補ってあまりある変態さんだからね。
お金が必要なときは、言えばすぐにポンと出してくれていたので、確かに店員さんのいうとおりすごい稼いでいるんだろうなとは思っていた。
そんなある日、私は珍しく工房に呼ばれた。
いつもは工房に入ろうとすると、すぐに叩き出されるくらいなのに珍しいなと思っていた。マスターの仕事机の上には、キラキラと光る線がこれでもかというほど複雑に入り組んだ円柱状の物体が2つあった。
芸術的とも言えるほどキレイな物体だけど、これは一体何だろう……?
私は首を傾げながらマスターを見ると、いいからそこに座れと椅子に座らされた。
「足を出せ」
言われたとおりに足を出すと、マスターは私の木製の義足を取り外し、ぽいっとその辺に放り投げた。
あっ、何するの!?
安物の木製の義足かもしれないけど、私にとってはそれなりの年月をともにした戦友だ。しかしマスターはそんな私には気にもくれず、机の上に置いてあった物体を私の足に当てていた。
マスターはそれを慎重に私の足に合わせてから、留め金を嵌めた。
え?もしかして、これ義足なの?
マスターはしばらくその義足らしき物体に魔力を流したり、魔力回路を微調整したりしていた(当時は分からなかったけど今なら分かる)。
「少しこのままじっとしていろ。お前の魔力をこいつに馴染ませないといけないからな」
数時間後、そこには私の両足があった。
信じられない奇跡だった。
数年前、元気に駆け回っていた時代を思い出した。
そうだ、足ってこんなのだった。
気付いたら私は涙を流していた。
マスターがビキニアーマー以外のアーティファクトを作ったことは、私が知る限りこれを除いて後にも先にもない。
自分の矜持を曲げて作ってくれたのだ、私のために。
私は一生この人に足を向けて寝れないだろう。
もちろんこれは2人だけの秘密だ。
史上最高の付与魔術師と名高いマスターが、ビキニアーマー以外も作れると知られれば大変なことになるからだ。
いや普通に考えれば、それ以外も作れるのは分かりそうなもんだけど、本人がそう主張するなら、周囲はそれを信じるより仕方がないというかなんというか。
それから年を重ねて子供から大人へと成長し始めた私は、美人だった母の血のお陰か、それなりの容姿になったと自分でも思う。店員として働くようになってからは男性客の視線も頻繁に感じるし、ただの自意識過剰ではないはずだ。
だからマスターへの恩返しになるかと思って、マスターの大好きなビキニアーマーを着てみようと思った。
もちろん、両脚の義足に私の魔力のほとんどを費やしているから、ビキニアーマーを着ても効果が発動しないのは分かっている。
それでも着てみたくて、マスターに見てもらいたくて、ある時、私に似合うビキニアーマーを見繕ってくれないかとマスターに頼んでみた。
「ああ?お前が着ても効果が出ないって言ったろ?それに第一、お前がビキニ着てどうするんだよ。
分かってるのか?ビキニとは胸の膨らみで、ずり落ちるのを防ぐんだ」
別にそんなことはないと思うけど、マスターの中ではそうらしい。
だけどそこでマスターは、私の胸の辺りをかわいそうなものを見る目で見た。
「膨らみがないと引っ掛かる場所がないからな。お前には着れないぞ?」
と私の胸を残念そうな目で2度見しながらそう言った。この時点ですでに私の怒りは怒髪天を衝くばかりだったが、まだかろうじて堪えていた。
「それにな、ポロリは胸がある女性がやるから意味があるんだ」
まずポロリをしてしまった女性が、わざとやってるような言い方はやめて欲しい。
しかし続けて言ったマスターのセリフが決定的だった。
「胸がないお前がポロリをやったら、その度に『粗末なものを見せてしまってごめんなさい』って謝らないといけなくなるだろ?だから悪いことは言わんから、ビキニアーマーだけは止めとけ」
今、私の目の前には、「お前のためを思って言ってやったんだぞ」、「とても良いことを言ってしまった」という満足げな表情を浮かべるマスターがそこにいた。
私はこの時ばかりは我を忘れて、気が付いたら秘蔵の鉄製ハリセンでしこたまマスターをシバいていた。
その両頬がお餅のように膨れ上がるまで。
どうやらその後、1週間くらいは腫れと痛みが引かなかったらしい。
いい気味だと思う。
乙女の胸を愚弄する輩は、みんなやっつけられてしまえばいいのだ。
あれ?なんかマスターの良い話をしていたはずなんだけどな。




