第96話 真実の神殿ー3
真実の神殿、その奥。
白い石柱が並ぶ広間に足を踏み入れた瞬間、悠人は直感的に悟った。
(──来る。)
空気が歪む。
次の瞬間、空間そのものを裂くようにして、二つの人影が現れた。
「やあ。
順調そうじゃないか」
軽い調子で手を振った男──
S級探索者、風間次郎。
その隣には、黒いゴーグルのようなものをつけた男が立っている。
「こんにちは、天野悠人くん。
直接会うのは初めてだね」
「お前がネクロスか。
ははっ──。
モンスターを素通りして、ここで待機できてたのは、あんたの奇妙な”生成物”のおかげのようだな」
悠人は手に持った剣を強く握りしめた。
その掌からはじっとりと汗が滲んでいる。
だが、剣の柄に施した滑り止めの「概念」が、確かな保持力を維持してくれていた。
視線の先にいるのは、これまで数々の陰謀を巡らせ、自分たちを窮地へと追いやってきた元凶に他ならない。
モニター越しではない、実在する悪意の塊がそこには存在していた。
「ちゃんと君たちがここまで来やすいように、色々と配慮しておいたのだよ。
ここにくる前にモンスターに殺されてしまっては困るからね。」
「お前、いい加減にしろよ」
「それはこちらのセリフだ、天野悠人。
大人しく投降したまえ。
そうすれば残りのメンバーは見逃す」
ネクロスの声に、感情は一切含まれていない。
ただ結果だけを求める冷徹な響きがあった。
「やだね。
それに、ちょうどいい。
ここでアンタを無力化しちまえば、俺たちが狙われることは、もうなくなるわけだ」
「それは違うな。
お前を狙うものなどいくらでもいる。
だからこそ、私の実験材料になった方が良いと言っているのだ」
彼の無機質な言葉は、神殿の白亜の壁に反響していく。
不気味なほどの静謐さを伴って悠人たちの耳へと届いていた。
まるで、チェスの駒に対して投了を促すかのような、あまりにも当然の帰結として語られる要求。
「私が一番、君を有意義に使える」
ネクロスが細い指先で空中に複雑な文様を描き出すような動作を始めた。
その瞬間、彼自身の”生成スキル”が発動する。
空間そのものが数式に分解されるような錯覚を悠人は覚えた。
「さぁ、とっとと終わらせようか!」
彼の周囲に、幾何学的な防壁が幾重にも重なっていく。
外部からの干渉を完全に拒絶するような、鉄壁の要塞が現れた。
その言葉を皮切りに、戦闘が唐突に始まる。
先陣を切ったのは風間次郎だ。
予備動作は一切確認できない。
ただ、ネクロスが守りを固めると同時に、立っていたはずの場所から彼の姿が消失していた。
「速い……!」
悠人は反射的に剣を横に薙ぐ。
鼓膜を突き刺すような鋭い金属音が広間に轟き渡っていた。
風間次郎の剣を受け止めた衝撃は、悠人の腕を伝って全身の骨を軋ませていく。
「ははっ、ちゃんと受け止めることができたな!」
「物理無効」の概念を込めた防具がなければ、その一撃だけで両腕は粉砕されていただろう。
S級探索者である風間次郎の動きは、これまで相手にしてきた敵とはやはり次元が違っていた。
剣が振るわれるたび、空間が切り裂かれ、悠人の”概念の斬撃”すら弾き返されてしまう。
「このっ──」
悠人が生成した「絶対切断」の概念を、どういう仕組みなのかよく分からないが、次郎はただ強引にねじ伏せていた。
圧倒的な剣技と魔力。
(こんなことあり得るのか……!?
概念だ。
魔力どうこうじゃないはず──)
悠人はラーニング機能をフル稼働させ、情報を収集し続ける。
「おいおい、そんなもんか?
もっと驚かせてくれよ!」
風間次郎の笑い声が響いていた。
その笑みは少年のように無邪気でありながら、悠人には瞳の奥に底知れない虚無が潜んでいるように見えた。
彼は、悠人が繰り出す不可視の罠や、空間に配置した「遅滞」の概念を、まるで見えているかのように軽々と飛び越えてきていた。
(耐性付きの装備でもつけてるのか……?)
悠人は以前とは異なる風間次郎の装備に注目する。
風間次郎は、先の戦いでは見られなかった異様な外見の装備を身につけていた。
それに何より、先の戦いとは異なり、風間自身が、防具にある程度、悠人の攻撃を委ねているのが目に入る。
それらの様子から、悠人は彼が身につけているのは、何らかの特殊な装備で間違いないと確信した。
(やつの装備は、ネクロスが俺の”概念生成”の能力を分析して生み出したものだな──。
まずはあれをどうにかしないと)
その防具は、悠人の生成する「概念による干渉」を検知しているようだった。
何かをぶつけることで相殺しているようだ。
物質としての強度だけでなく、理屈そのものを無効化する「アンチ・コンセプト」の結晶。
それは悠人には、ネクロスの執念が形になったような装備に思えた。
悠人が生成してきた、概念の刻まれた装備の数々にも似ている。
「リリス、右だ!
茜はバックアップ!
神崎は動きを止めてくれ!」
悠人の叫びと共に、三人が連動して動き出す。
リリスが放つ「戦意喪失」の矢が、流星のような軌道を描いて次郎の眉間を狙った。
「ははっ、いい狙いだ!」
しかし、風間次郎はその矢を剣の腹で軽く叩き落としてしまう。
悠人の知る限り、その矢に込められた概念は接触しただけで精神を侵食するはずだったが、次郎の装備に触れた瞬間に霧散していった。
「無駄だ、天野悠人。」
ネクロスが後方から冷ややかに告げる。
「お前の小細工は我々には通じないぞ。
さっさと諦めたまえ」
彼は自らの生成した防壁の上に鎮座し、戦場全体を俯瞰していた。




