第97話 真実の神殿ー4
その指が動くたび、広間の床から黒い棘が突き出し、茜の魔法詠唱を妨害してくる。
「っ……。
みんな気をつけて、床にトラップが巻いてあるわっ!」
茜はそう叫びながら杖を高く掲げた。
ネクロスの妨害が来ない位置まで後退すると、空間収縮の魔法を展開する。
モンスターのドロップ素材から生成した新しい杖が、悠人の刻み込んだ”概念による機能”によって、周囲の魔素を強引に吸い込んでいった。
巨大な氷の嵐へと魔力を変換し、巻き起こしていく。
絶対零度に近い冷気が風間次郎を包み込んでいった。
だが、風間次郎はその嵐の中を、まるで春の散歩道でも歩くかのように平然と通り抜けてくる。
「嘘でしょっ──!?」
「あははっ、冷たいのは苦手じゃないんだよ」
「冷たいとか、そう言う問題じゃないのにっ」
茜に迫っていた次郎の剣が、今度は零華の刀と交差する。
「お前の相手は私だっ」
「相手になるのかい、君一人で」
火花が散り、衝撃波が神殿の柱を粉砕していった。
彼女の「加速」と「必中」を込めた一撃。
次郎の首筋を確実に捉えていたはずであった。
だが、次郎は首を僅かに傾けるだけでそれを回避し、逆に彼女の腹部へと鋭い蹴りを見舞う。
「ぅぐっ……!」
零華は後方へ吹き飛んでいくが、リリスはその背後を支え、同時に次射を放った。
今度は一本だけではない。
悠人が生成した矢筒の機能により、空中で分裂した数十本の矢が雨あられと次郎に降り注いで行く。
次郎は小手をかざした。
だが、それらはパシパシと全ての矢が何らかの不可視の膜に弾かれていく。
「わお、厄介な装備ですね」
ネクロスが仕込んだ何らかなの効果によるものだろう。
悠人のリアル生成AIが導き出した最適解に対し、ネクロスはそれを凌駕する「管理された完璧な防御」をぶつけてきていた。
リリスもその様子に驚きを隠しきれていない。
「天野悠人、君のスキルは素晴らしい。
だが、すごいのはスキルだ。
君じゃない」
悠人が新たな剣を生成しようと魔力を練るたび、その予兆を察知した次郎かネクロスが先回りで妨害を仕掛けてきていた。
右足を踏み込めば地割れが起きる。
左に回れば空間が凝固した。
「くそっ」
ネクロスは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「私なら君の力の全てをより良い形で利用できる。
私こそが本物の生成スキルの使い手で、実力者なのだよ。
大人しく降参したまえ、天野悠人」
悠人たちのパーティーは、間違いなくA級のレベルに達していた。
彼の生成した武装は、これまでのどんなモンスターや探索者をも圧倒する性能を誇っている。
リリスの正確無比な射撃、茜の魔法、神崎の剣技。
「まだだ……」
悠人は奥歯を噛み締め、思考を加速させた。
脳内に展開される生成インターフェースが、警告色である赤を明滅させている。
「降伏したまえ。
君たちの武器は、私の用意した『反論』によってその定義を失いつつある。」
広間の空気が重く澱んでいた。
それは重圧というよりも、存在そのものを否定されるような精神的な重み。
「君たちの握る生成物は、ただの脆いガラクタへと成り下がっているのだ。
色々と情緒的なんだよ、私と比べればね」
リリスが続きざまに三射を放つ。
今度は追尾能力と爆発の概念を極限まで高めた一撃。
されど風間次郎はそれらを空中で掴み取り、自らの魔力で握りつぶしてしまう。
「いい加減、飽きてきたな。
天野悠人、お前の『最高傑作』を見せてくれよ。
それとも、これで終わりか?」
その言葉に、悠人の胸の内で熱い感情が昂ぶる。
怒りではない。
それは、目の前の絶望をいかにして塗り替えるかという、生成者としての意地であった。
ネクロスが理詰めで来るなら、それを超える「不条理」を。
データ化された未来を覆す「偶然」を。
悠人は全魔力を右腕に集約させた。
手に持つ剣の形状が、不定形に波打ち始める。
「情緒的だって言ったな、ネクロス。
なら、お前の計算には入っていないはずだ。
俺たちが、この一瞬にどれだけの想いを賭けているか!
生成!」
「……は?」
ネクロスの頭上に、突如として巨大な岩石が現れる。
悠人がダンジョンの瓦礫をコストに生成した、ただの質量爆弾。
ネクロスが落下してくるその岩石に気を取られているうちに、悠人は地面を蹴った。
風間次郎の反応よりも速く、彼は風間次郎へ間合いを詰めていく。
「何をするつもりだい、天野悠人」
風間次郎の剣が一瞬遅れて振り下ろされた。
しかしこのままでは悠人の攻撃よりも先に、風間次郎の攻撃が悠人へと到達するのは明確だ。
悠人はそれをあえて避けなかった。
「生成!」
代わりに、左腕に生成した「衝撃吸収」の盾で防御する。
「……は?」
盾は意図的に砕かせ、その隙に、右手の不定形の刃を次郎の胸元へと突き出した。
次郎の瞳に初めて驚愕の色が浮かぶ。
その場しのぎで瞬時に生成した盾は、生成し終える前に、風間次郎の刃で砕かれていった。
しかし、その間に生じたわずかな時間で悠人の刃が、風間次郎の刃が悠人へ到達するよりも早く、彼の胸元へと到達しようとしていた。
「相打ち覚悟かよ!」
次郎の装備はまだ生きている。
彼の体に刃が届いたところで、今の状態では、弾き飛ばされるのが明白だった。
(茜っ!)
「分かってる……!
発動!」
そこに茜が大量の魔力を杖に投じ、次郎の防具の「概念」を一時的に撹乱する。
わずか一秒に満たない隙。
しかし、確実に次郎の装備に付与された効果が無効化されていた。
「今よっ」
「そこですっ」
さらに同時に零華の刀が、折れることを厭わずに重なり、リリスの矢が一点を穿つ。
悠人自身の攻撃、リリスの矢、茜の魔法、零華の刀。
連携は完璧だった。




