第6話 異常事態ー3
悠人は俯きつつあった顔を勢いよく上げる。
ゴブリンリーダーの棍棒が振り下ろされたようだ。
狙われたのは、茜が治療しようとしていた、負傷し、動けない生徒ではなく、茜自身だった。
棍棒は、茜の左腕を直撃。
骨が軋む鈍い音と共に、茜は吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
(あか……ね……!?)
「う、うぅ……っ!」
白い制服が、瞬く間に鮮烈な赤色に染まっていった。
茜の腕は不自然に折れ曲がり、その痛みと恐怖で、治癒魔法の光は完全に消えてしまっている。
見るに耐えない光景。
悠人は軽く嗚咽する。
そんな中でも、ゴブリンリーダーは、満足げに棍棒を引きずり、動けない彼女にトドメを刺そうとゆっくり近づいていた。
従えていた幼稚園生ほどの大きさのゴブリンたちも、ジリジリと生徒たちを囲うようにして一歩、また一歩、足を進めていく。
狭い空間をそれでも逃げ惑う生徒たちの顔には、すでに死の恐怖が張り付いていた。
「うああああああああああぁっ!」
悠人は叫ぶ。
それはもはやただの悲鳴だった。
それでもとにかく大声を出して、自分自身を奮い立たせる。
頭の中で、何かが完全に弾けていた。
これまでの己を支配していたのは、データ、知識、コスト。
スキルを隠し、効率的に強くなろうとするどこか冷徹な視点、
今からでも逃げようと警告する本能そのものだった。
だが、今、目の前の光景は、彼の全ての理性を、本能を、恐怖を消し飛ばす。
小賢しいことはどうでもいい。
悠人の脳裏を支配したのは、ただ一つの、原始的で、
強烈な”意志”だけだった。
「ここで見殺しにするくらいなら、死んだほうがマシだっ。
茜だけでも助けたい。
この命をコストに使用しても構わないからッ」
純粋な意志が、スキルのコアを揺さぶった気がした。
スキルを初めて手にした時のような、脳の回路が叩かれるような感覚に悠人は再び襲われる。
《**警告**:ユーザーの強い”意志”を検出。
”早乙女茜・生命維持の意志”を絶対命令として認識。》
《アップデートデータを生成します。》
《──生成完了。》
《……インストール完了。》
《緊急起動。
**リミッターを解除**し、”ユーザーそのもの”もコストへと換算します。》
訳もわからぬまま、感覚で、リュックに突っ込んでいた金属製のペンケースと、自分の制服の袖の一部を掴む。
その後、叫んだ。
「生成!
あいつの弱点に最適化された、一撃必殺の武器!」
スキルはもはや悠人の命令を待たない。
それは、悠人の『意志』を燃料とし、悠人の脳内に蓄積された僅かな知識、そして周囲の物理リソースを”知識コスト”として強制的に吸い上げ始めた。
悠人の全身から、力が、記憶が、意識までもが吸い出されていく感覚に襲われ、激痛が全身を襲う。
「っ──
あ”あ”あ”あ”ァアア”アァ“ア”ァッ!!」
視界の端が白く点滅し始めた。
その痛みは、彼がこれまでに経験したどの生成のコストよりも、深く、重い。
生命そのものを削り取るような感覚だった。
いや、実際削り取っているのだろう。
これまで経験したことのない異常な稼働が開始されていく。
まるで限界性能を遥かに超えたオーバークロック状態だ。
眼前では、ゴブリンリーダーが、瀕死の早乙女茜に巨大な棍棒を振り下ろそうとしている。
時間は、まるで粘着質の液体のように引き延ばされ、一秒が一時間に感じられた。
《緊急解析を開始します。
対象:【ゴブリンリーダー】。》
《既存データ統合:過去のダンジョン映像、ゴブリン生態に関するネット上の迷信(脆弱性情報)、および上級探索者の戦闘データの一部(急所への精確な攻撃パターン)を結合。》
悠人の意識は、激しい痛みに引き裂かれそうになりながら、さらにスキルが提示する冷徹な情報の洪水に晒される。
《・目標:致命的な一撃を与える武器を生成。
・素材:ユーザーが保持する全ての物理リソース。
・コスト:身体リソース(MP、体力、精神力)の全量を投入。》
悠人が握りしめていたのは、長年使ってきた金属製のペンケースと、破り取った制服の袖の繊維、そしてポケットに残っていた数枚の硬貨。
これらの日常のゴミにも等しい物理リソースが、青白い光に包まれ、恐ろしい勢いで分解されていく。
《物理コスト(ペンケース、繊維類、硬貨):構成元素を原子レベルで抽出・再構築します。》
同時に、脳内では知識コストの精算が始まった。
これまで失敗を繰り返し、経験を積んできた「高強度素材の合成理論」や「空気抵抗を最小化する設計」に関する断片的なデータ、そして何より最も重いコスト、精神力(意志)が強制的に吸い上げられていく。
《知識コスト:ゴブリンの弱点(防御力の低い顎下、心臓部)、超硬度チタン合金の合成理論、空気力学、および探索者試験の基礎戦闘学(精度と速度の極限化)を統合・消費。》
《精神コスト:最大値を消費。
この生成は『命がけの創造』と認識されました。
ユーザーの生命活動に影響を及ぼすレベルです。》
天野悠人の全身から、力が、魔力が、そして生体エネルギーまでもが、一つの小さな生成物へと強制的に収束していった。
それは過去にポーションを生成した時の穏やかな感覚とは全く異なる、内臓を雑巾のように絞られるような生命を削り取っていく激痛。
数秒間の激しい光の収束と、悠人の全身を貫く絶叫にも似た内なる悲鳴の後、彼の右手に握られたのは、全長20cmほどの、無骨だが完璧な形状をした短剣だった。
それは、彼の貧弱な知識では到底生成できなかったはずの、非情なまでに効率化された殺人兵器の造形をしている。
《 1. 素材情報(超硬度チタン合金):
元のペンケースや硬貨に含まれていた微細な金属元素が、高度に精製され、通常のチタンを遥かに上回る硬度と軽さを両立した合金へと再構築されています。
刺突に特化するため、刃は極限まで薄く、微細なノコギリ状の刃付けが施されています。》
《2. 形状情報(最適化設計):持ち手は、悠人の手のサイズに合わせて完璧にフィットするように変形しており、重心は投擲した際にブレないよう先端にわずかに偏らせてあります。
その形状は、空気抵抗を最小限に抑え、目標まで一直線に、そして最速で到達することを目的として設計されています。》
《「生成成功:
【対ゴブリンリーダー・最適化貫通短剣(全コストカウンター)】」》
この短剣が生成され始めた瞬間、悠人の全身のリソースは枯渇したようだ。
強烈な倦怠感と吐き気、そして頭蓋骨を内側から叩き割るような激しい頭痛が襲う。
流れ出る鼻血が衣服へと滴り落ちていた。
体は熱と冷たさを同時に感じ、足元から崩れ落ちそうになる。
悠人は、文字通り、今の自分に残された全てをこの短剣に賭けていた。
ゴブリンリーダーは今、棍棒を大きく振りかぶり、倒れている茜にとどめを刺すべく、満足げな笑みを浮かべている。
他のゴブリンたちも、その様子を嘲笑いながら見つめていた。
(まだだッ)
悠人は、激痛で意識を失いかける中、震える足でなんとか踏みとどまる。
視界はブレ、焦点が合わない。
それでも──
(武器を生成できても、奴に届かなくては意味がない。
一撃だ。
一撃分の体力をッ──)
悠人の中で”意志”───
”精神コスト”がわずかに回復していった。
(外すな。
絶対に外すな……!
茜を、茜だけでもっ守るんだぁッ──!)
スキルが解析したゴブリンの急所データと、 過去に探索者試験の勉強の際に習った剣技などからラーニングした、”精度と速度の極限化”という概念を、最後の”意志”の力で無理やり生成する。
今、”命そのもの”を消費し、悠人が望む武器とそれを使用する体力の生成が一撃分完了した。
生成直後の刃を腕に掴むと、まだ体が動くうちに、目標目掛けて全身全霊の力を込め、放つ。
「いけえええええええええッ!!」
ゴブリンリーダーが茜に止めを刺そうと棍棒を振り下ろす直前、悠人の絶叫に近い叫び声が、混乱に包まれた校舎裏に、木霊した。
それは、剣の投擲というよりも、むしろ矢が放たれたような速度。
投げられた短剣は、空気抵抗を無視したかのような勢いで一直線に飛翔する。
ゴブリンリーダーが棍棒を振り下ろす、そのわずかコンマ数秒前、
短剣はゴブリンの固い顎の下、防具の隙間を縫って心臓部の急所に、完璧に突き刺さった。
「ギ、ギャ……アアアア!」
ゴブリンリーダーは、その巨大な体に走る激痛と、生命力の急速な喪失に耐えられず、全身から力を失って崩れ落ちる。
手に持っていた血まみれの棍棒は、茜が座り込む真横へと虚しく叩きつけられた。
他のゴブリンたちは、絶対的なリーダーの突然の死に、ひどく動揺している。
その後、身を翻して悠人を避けながらどこかへ逃げていった。
「──っ、今だ!
逃げるぞ!」
追い詰められていた生徒たちはこの機を逃さず、倒れている茜と負傷して動けないもう一人の生徒を抱え上げる。
その後、他の生徒たちと共に一目散に駆け出した。
悠人は目的を果たしたという安堵感と同時に、全身のシステムがシャットダウンしていくのを感じる。
膝から崩れ落ち、地面へ倒れる悠人とすれ違う形で、生徒たちは脱出するべく駆け出していった。
「待って……
そこの倒れている人は助けないの?
きっと彼が助けてくれたのよ……
彼も連れていって……」
茜のか細い声が聞こえる。
「無理だ。
残念だけど、あなたともう一人の負傷者を運ぶので精一杯。」
「そ、そうだ。
今はさっさと逃げないと。
この人を運ぼうとすると、時間がかかる。」
周りの生徒たちは苛立ちと焦りを隠せずにいた。
「この場にいる人間は5人。
そのうち負傷者が三人。
一人は置いていかないと。
それに、こうして迷っている間にモンスターに襲われたら──
元も子もない。」
誰かが歯軋りをする音が聞こえた。
「そんな……
なら私を置いていって。
私は自分で魔法が使えるから──」
「バカを言うな!
いくぞっ!」
茜の弱々しい声と、その他の生徒たちの声がうっすらと悠人の耳へ届いている。
どうやら、茜だけが激痛に耐えながらも、倒れた自分の心配をしていたらしい。
「……!?
待って、悠人!?
そこにいるのは悠人なの……!?」
どうやら茜は、倒れている人間が、”天野悠人”であることに気付いたようだ。
遠くで茜の絶叫に近い声が響く。
「待って、おいてかないで──
いやっ───」
《警告:全リソースを消費しました。
休止状態に入ります。》
《身体活動の維持に必要な最小限のエネルギーを確保できません。》
全身を焼き尽くすような激痛と、目を開けていることすらできないほどの極限の疲労感。
悠人の意識は、急速に冷たい暗闇へと沈んでいった。
(ああ……
終わった……のか……?)
どんどん茜の声は遠くなっていく。
自分から遠ざかっているからか、自分の意識が薄れているからなのか、それとも両方なのか。
涙で掠れた茜の
「悠人! だめ、行かないで!」
という悲痛な叫びだけを、天野悠人は最後の記憶として捉えた。
読んでいただきありがとうございます。
面白ければ、ブックマークや評価で応援いただけると嬉しいです。




