第5話 異常事態ー2
それは、あまりにも突然のことだった。
校庭の中央に突如現れたD級ダンジョンの亀裂は、まるで傷跡のようで、痛々しささえ感じさせる。
空中にできたその巨大なダンジョンゲートからは次々とモンスターが這い出してきていた。
出てくるのは、粗末な革鎧をまとい、棍棒や錆びた剣を手にしたモンスターたち。
ゴブリンを中心としたD級モンスターの群れだった。
異形の存在たちの凶暴な咆哮が、平和な学園の静寂を切り裂いていく。
「キャアアアア!」
「モンスターだ!
逃げろ!」
教師たちの制止の声も、校内放送の緊急避難指示も、全てがノイズと化していた。
生徒たちは我先にと逃げ惑い、教室や廊下は一瞬にしてパニックの坩堝となる。
(くそっ──
何なんだよこれ……)
学校へとたどり着いた悠人もまた、体の芯から震えるような恐怖に襲われていた。
辺りには異様な雰囲気が漂っている。
今まで聞いたこともない数のサイレンと悲鳴があちこちから響いていた。
鼻を突く異臭が混じる。
しかし、
(──ここで引き返すわけにはいかない。)
天野悠人は外へ逃れようとする生徒たちの流れに逆らい、学園内に足を踏み入れた。
探索者や警察たちがすでに学校のそばに駆けつけている。
だが、校舎の外へ溢れ出てきた無数の怪物たちの対処で手一杯。
校舎内には未だ、救助の手が及んでいなかった。
「──え……?」
塀をよじ登って校内に侵入し、昇降口へと悠人はたどり着く。
学園内には、生徒のものと思われる死体がいくつも転がっていた。
昇降口付近の階段。
視界に入ったその死体は、随分と見覚えのあるものであった。
「う、うそだっ──」
つい最近、最後にまともに会話した人物。
今度自分の生成スキルの成果を見せると約束した人物。
その顔ははっきりと脳裏に焼き付いている。
下痢のような色をした髪──
「せ……いじ…………?」
一致してしまう。
一致してしまった。
顔はひどく苦痛に歪んでいたが、間違いなくそれは、畠山誠司の顔であった。
「っ──
あ”ぁ”っ──……!」
自然と自分の声が涙声になっていることに気づく。
涙が溢れてなぜか止まらない。
こんなことは初めてだった。
親が死んで以来、孤独に苛まれ、泣くことは多かった。
だがそれは、泣いているという自覚があるものだった。
今のこれは、どうしようもなく、制御できない。
勝手に流れ落ちていく。
驚くほど大粒の涙であった。
視界がぼやけてよく見えない。
「茜!茜っ!!!
どこだ!どこにいるんだぁっ!
……くそ、頼む。
無事で、無事でいてくれッ───」
悠人はよろよろと誠司の死から目を背けるかのように、茜の捜索へと移る。
焦燥に駆られながらひたすら校舎内を走り回る悠人とは対照的に、悠人のスキル、リアル生成AIのディープ・ラーニング機能は、冷静にデータを叩き出していった。
《D級ダンジョンのゴブリン群。
探索者の装備なしで対抗する場合、生還率は推定5%未満。
戦闘回避が最優先》
ただデータを蓄えるだけでなく、自分にも情報を与えてくれる、便利な機能だ。
しかし、この非常事態で、そんな無機質なデータに集中している余裕など悠人になかった。
人混みをかき分け、校舎の裏側、体育館の裏へと続く通用口を目指す。
(普段は人目につかない場所。
その目立たない場所こそ、モンスターの群れに追い詰められた者たちが隠れようとする場所のはず。
……同時に逃げ場のない場所でもある。)
悠人は、ひとまず、生存率の低そうな場所を最優先で確認していく事に決める。
この広い学園の中で茜を探すのは困難なことかもしれない。
だが、
”茜が追い詰められて殺されそうな場所”
を探すことはそれに比べれば容易だ。
混沌としている敷地内を全速力で、時折壁にぶつかりながらも悠人は駆け抜けていく。
◇
通用口を抜けた瞬間、悠人の視界に飛び込んできた光景は、思わず目を背けたくなるような惨状であった。
あたり一面に血痕が飛び散っており、人間のものと思われる肉片が、近くの壁に張り付いている。
正面にはモンスターの影。
さらにその先には、追い詰められた生徒の姿があった。
まだ生きている生徒たちだ。
壁に囲まれ、行き止まりとなっている場所。
逃げ場を失っていた。
その生徒たちの中に赤銅色の髪をした、見覚えのある生徒がいる。
早乙女茜だった。
茜たちを囲んでいるのは五体のゴブリン。
ゴブリンたちは追い詰めた人間たちに棍棒や石を投げつけ、笑い声のようなものをあげていた。
完全に人間たちを弄んでいる。
「みんな、落ち着いて!
怪我人は───
私が治すから……!」
茜は、そばにいる怪我をしたと見られる生徒に手をかざす。
必死に自身の恵まれた才能である、”治癒魔法”を使おうとしていた。
彼女の手から漏れるのは、まるで蛍の光のような、心細い緑色の光の粒。
それは、彼女の治癒魔法の才能が本物であると同時に、まだ未熟であることを示していた。
魔力は出口を見つけられず、震え、小さな光しか放てない。
その様子を見て、一際大きく、全身に傷痕を持つリーダー格のゴブリンが、下卑た笑い声を上げた。
通称、”ゴブリンリーダー”と言われるD級上位のモンスターだ。
手に持つその棍棒はまるで巨大な木の幹のように太く、ついた血痕からすでに多くの命を奪ってきたことが言わずとも理解できる。
(くそ、生成だっ。
何か生成しなきゃならないのに、頭が真っ白で何も思いつかない──
知識が───
”知識”が足りない!)
悠人は、茜を見つけ、彼女が窮地に陥っている光景を目の前にしても、震えて何もできずにいた。
ゴブリンリーダーの巨体が影になり、茜たちはまだ、背後に立つ悠人の存在には気づいていないようだ。
「俺がきたから安心しろ。」
なんて、カッコつけて声を発することなど到底できない。
今からでも逃げろと本能が全身に警告していた。
知識も、経験も、何もかもが足りない。
生成の精度は知識に依存する。
何も知らなければ、何も生み出せない。
このままでは勝てるはずもなかった。
せっかくスキルを手に入れたというのに、一歩踏み出すどころか、声すら発することができない現実に悠人は深く絶望する。
「キャアアア!」
その時、茜の悲鳴が、張り裂けるように響いた。




