第4話 異常事態
「誠司……」
見られてしまった。
だが、自然とその心の内側は、落ち着きを保ち続けている。
「お前もしかして、スキルが発現したのか……?」
誠司は悠人の元へ近づいてくる。
生成物を物珍しげに見つめていた。
少なくとも、この誠司という人間は、自分の秘密についてべらべらと喋るような人間ではないと、悠人は確信している。
「──お前こそ、学校どうしたんだよ。」
「それはこっちのセリフだ。
……いやさ、昨日珍しく茜が校門の前で待っていたからよ、もしかして俺のこと待ってたのか!?
──なぁんて一瞬思ったんだが、やっぱり違くて、しばらく陰で様子を見てみたら、お前が現れたのを見たんだ。」
「……別にそれは珍しいことじゃないだろ。
茜と登下校するのは、別に──」
「あぁいいって!!
ったく、羨ましいやつだぜ。
……で、気づいたわけなんだがよ、そりゃ一目見ればわかるって。」
誠司は悠人の瞳を無言で見つめる。
「──輝いてたよ、お前の瞳が。
懐かしかった。
それこそ、お前が、スキルの話を聞いて、胸を高鳴らせていた、いつかの日以来だったな。」
「……なんだよ、そんなことまで覚えてるのか。」
「当たり前だろ?
茜だってそうだ。
俺たち二人は、お前の”あの頃”を見てきたから、今もこうしてお前のそばに付き纏っているんだ。
──教えてくれよ。
……スキルが発現したんだ。
もう机に突っ伏す必要もないんだろ──?」
「──そうだな。」
悠人は静かに笑う。
「ばーか!
ほんとわかりやすいやつだな、お前って!」
誠司は悠人の髪をくしゃくしゃに触る。
「うるせぇっ」
「──っ……
ははっ──
はははっ」
「ははははっ──」
どうしようもなく、笑いが込み上げてきた。
悠人は斜面に寝そべる。
蝉の声が遠くから響いてきていた。
(──茜と誠司になら、いっか。)
その後静かに、悠人は自分のスキルについて、打ち明けた。
◇
「……というわけだ。
俺はもうちょっと、学校に行けない。
このスキルについて、もう少し──
せめて基礎を固めていきたいんだ。」
悠人はポツリとそう打ち明ける。
視界に映る青空には、大きな雲が風に流れて動いていた。
「──そうかい。
じゃぁ、待ってるよ、俺は。
茜は知らないけどな。」
誠司もどこか遠くの空を見つめている。
「実は俺ぇ、ただ遅刻ってことにして、これから学校行くつもりなんだ。」
「──そっか。
……すまない誠司、わざわざ俺のために。」
「ばーか、お前のためじゃねえよ。
俺のためさ。
だから、俺のために、学校、必ず戻ってこいよ、悠人。」
「──まだ少し、待たせることになる。
けど、そうだな。
次会う時は、色々とすごいものを見せてやる。
現金とか生成できるようになってるかもしれないぜ!」
「そいつは楽しみだな。
ただ、あんまり遅いと、茜は俺がもらっちまうからな」
そのまま誠司は学校へと消えていった。
自転車に乗った彼の背中が、小さくなって消えていく。
今までどうしようもなく心の中を圧迫していたものが、どこか和らいだような気がした。
◇
・失敗その2:飛行用翼の崩壊 ──
経験と慣性の欠落
その日の夜、家に帰った悠人は、実験を再開する。
次に挑戦したのは、人類の長年の夢でもあった「空を飛ぶ」ということだ。
・結果:飛行用翼を生成し、身につけてベランダから飛び降りた瞬間、翼は激しい風圧に耐えられず、「バキッ!」という耳障りな音を立てて根元から崩壊。
一瞬宙に浮いたが、すぐに制御不能の鉄屑と化し、地面に叩きつけられた。
「がぁ……
うぅ──」
全身を打撲し、しばらくの間、息もできないほどの激痛に悠人はのたうち回る。
「……はは、これがデータ依存の代償か──」
翼の生成には成功したが、「人間が空を飛ぶ」という「実践的な経験」がゼロだったため、生成物は『機能する』ことを証明できなかったようだ。
茜が言った”知識や経験の積み重ね”がなければ、力は無力だという言葉が、骨身に染みた。
《ラーニング・フィードバック:》
《リアル生成AI:ディープラーニング機能が、新たな『失敗パターン:外部環境との干渉』をデータ化しました。
空気力学、素材のせん断強度、質量慣性に関するデータモデルを更新しました。》
《知覚範囲が1.05%向上しました。》
数々の滑稽で、命を危険に晒す失敗。
それらを繰り返すうちに、リアル生成AIは多少の進化を見せ始めている。
このスキルは、ただの生成ツールではない。
それはやはり、
「不確実な世界から、エラーを通じて真の法則を学習する自己修正プログラム」
だったのだ。
鏡に映る自分の傷だらけで煤の付いた顔を見つめながらも、悠人は勝利への確信を強める。
「ふふ……
失敗は成功の元と言うしな。
俺のスキルは、失敗すればするほど強くなる。
その先にあるのはチート級の能力だぜ。」
悠人の手元が光ると、そこには威力自体はしょぼいものの、暴発しない”銃”が現れた。
その後、その銃を机に置いてあったからのペットボトル向け、引き金を引く。
小さな物体が放たれ、ペットボトルは倒れた。
威力は弱いのでペットボトルに穴が開くことはない。
しかし、銃が暴発することもなかった。
あたりには火薬のような匂いが立ち込めている。
「……着実に、進んでるな。」
ラーニングの成果がそこには確実にはあった。
◇
悠人は自室で目を覚ます。
目を覚ましたのは、連日の過酷なデータ収集による疲労のため、昼を過ぎた頃であった。
体が重い。
テーブルには、昨日生成を試みた、微細な歪みを持つ「対物理衝撃吸収材」の失敗作が転がっている。
平日の昼間。
本来なら学校がある日。
悠人はここ数日、学校そっちのけで自室にこも理、スキルの練度を上げていた。
(……しかし、ラーニングしなくてはいけない知識が膨大だ。
知識コストの保有量も、残りわずか。
……これはどうすればいいんだ───?)
自身のスキルの可能性よりも限界を、理解し始めていた。
完璧な知識があれば無敵だ。
だが、その知識を得るには、身を削る失敗か、膨大な時間をかけた実際の経験が必要となる。
加えて、容量にも限りがある。
何でもかんでも取り込むことはできない。
作業量はあまりにも膨大で、過酷。
上限も見える中、果てしない道のりとなっていた。
そもそも、うまく使いこなせたとしても、せいぜいC級探索者程度のしょぼい生成しか行えないようなスキルなのかも知れない。
(……あぁ、くそ。
……それでもやるしかないんだよな、誠司、茜───)
その瞳には、疲労と知識への渇望が入り混じる、探究者の眼差しが宿っていた。
「次は、とりあえず図書館に本でも借りにいくか。
いや、その前になんの本を借りるかスマホで調べとかないとな……」
疲れ果てながらも、新たに計画を練り始めた、まさにその瞬間。
けたたましいサイレンの音と、腹に響くようなヘリコプターの爆音が、静かな昼下がりを一瞬で切り裂いた。
それは、防災訓練や救急車のそれとは明らかに違う、世界がひっくり返るような、不吉で連続的な咆哮だった。
「……?
なんだ、なんだ?
……はは、戦争でも始まったか?」
悠人は慌てて窓に駆け寄り、カーテンを開けて空を見上げる。
上空には、探索者統率機構のものと思われる黒いヘリが異常な低空飛行で飛び交い、学校の方向へと急いでいるのが確認できた。
「うわっ──
な、何だよ……」
同時に、スマホから尋常ではないレベルの緊急アラートが鳴り響き始める。
反射的にテレビをつけると、全チャンネルが統一された画面に切り替わっていた。
画面上部には
「【緊急速報】未曽有の緊急事態!」
という赤文字が点滅している。
緊張した面持ちのアナウンサーが原稿を読み上げていた。
『速報です。
本日午後2時頃、都内数カ所にて、突発的な『ダンジョン』の出現を確認いたしました。
現在、最も大規模な事態となっているのが、只野学園高校の敷地内です!』
全身から、血の気が引いた。
只野学園高校。
それは、悠人の現在通っている高校の名であり、何よりも、幼馴染である早乙女茜と、畠山誠司が今もいるであろう場所であった。
テレビの画面に映し出された映像に、絶句する。
少し前まで体育祭の練習が行われていた、見慣れた校庭。
その中央部分に、直径数十メートルにも及ぶ、黒く歪で、巨大な亀裂が開いていた。
それはまるで、空間そのものが引き裂かれ、次元の断層が露わになったかのよう。
その亀裂からは、石畳を這いずるような音と共に、醜悪な影──
モンスターがぞろぞろと這い出し始めていた。
校内はすでにパニックに陥っている。
生徒や教員が悲鳴を上げながら校舎から飛び出し、制服姿のまま逃げ惑う姿がヘリからの空撮で生々しく放送されていた。
その混乱の最前線で、警備隊や、駆けつけたらしい数名の探索者が、モンスターの群れに必死に応戦しているのが見える。
残虐な光景が映り、映像が即座に切り替えられた。
「嘘──だろ……
うちの学校に、ダンジョンが……?
な、なんだよこれ──
しかもモンスターがこんなぞろぞろダンジョンの外に出てくるとか……」
脳裏に、かつて茜が言った言葉が蘇る。
"「いくら凄い力があっても、『知識や経験の積み重ね』がなきゃ、本当の強さを得ることはできないんだよ?」"
悠人のリアル生成AIスキルは、この数週間で確かに進化していた。
爆薬の知識を深め、さまざまな学術書のデータも手に入れている。
しかし、実践経験は極めて浅い。
課題が見つかる毎日。
恐怖と、茜への強烈な不安に駆られながら、悠人はとりあえずリアル生成AI:ディープ・ラーニング機能を起動させた。
自分の脳内で、テレビに映るダンジョンのデータが、猛烈なスピードで解析され始める。
《ダンジョン出現パターンを解析中…》
《只野学園高校、D級相当のダンジョンゲート、その初期状態である可能性:98.7%。》
《流出モンスター:ゴブリン種、スケルトン種、コボルト種。脅威度:D級中。》
「お、おぉ……
こんなこともできるのか、このスキルは。」
(……しかし、D級か。
───茜は、治癒魔法の才能があるとはいえ、まだ探索者としての実戦経験はないはずだ。
何より、あの場所には一般の生徒が大勢いる……)
悠人は立ち上がった。
全身が震えている。
しかし、大切な人を守りたいという"意志"だけは残っていた。
(くそっ───
まだ何にも───
何にもできてない。
でも、行くしか……
ないよな……)
急いで制服に身を包み、自室の床に散らばった失敗作の金属くずや、実験用の化学薬品をかき集める。
これらが今、悠人が精一杯持ち運ぶことのできる”物理コスト”のすべてだった。
「待ってろ、茜!誠司!
俺のラーニングの真価を、証明してやるっ!」
日常が崩壊した世界へと、天野悠人は飛び出した。




