第60話 恋愛ゴーレムー2
混乱の中心で、視線を逸らさずに立つ。
「零華、茜。
俺を信じてくれ!」
「今それ言う!?」
「状況見てから言いなさいよ!」
即座に返ってくる文句。
それでも、二人は足を止める。
逃げ出さず、こちらを見ていた。
その視線には不安と苛立ちが混じっているが、完全な拒絶ではない。
「リリスは“排除すれば解決する”って本気で思ってる。
でも、それが間違いだって示せるのは──
俺たちしかいない」
ゴーレムが巨大な腕を豪快に振り上げる。
すさまじい衝撃波が走り、建物の壁が粉々に砕け散った。
耳を劈くような破砕音が連続して響き渡り、激しく舞い上がった粉塵が周囲の空気を濁らせていく。
衝撃の余波は地面を激しく伝い、足元の確かな感覚を一瞬にして奪い去った。
舗装されていた床に蜘蛛の巣状の細かな亀裂が走り、ショッピングモールの外壁がその圧力に耐えきれず、次々と剥がれ落ちていく。
「とにかく、倒せばいいのね」
「リリス自体は殺さないでくれ。
見せてやるんだ、俺たちの、パーティーの強さを。」
瓦礫が転がる乾いた音が、周囲に響く悲鳴と警報の残響に混じりながら、不気味に反響していた。
巻き起こる風圧だけでも十二分な脅威と言える。
皮膚を容赦なく叩く空気の塊が、抗う身体を強引に押し戻していく。
災害などの耐久性を考慮して堅牢に造られているはずの建物が、まるで脆弱な紙細工のように崩れていく光景は、平和な日常という前提を容赦なく踏み潰していた。
しかし、平日の真っ昼間で、比較的人気が少ないという条件も重なり、幸いなことに、今のところ負傷した一般人の姿は見当たらない。
それは同時に、施設に備わった迅速な警備システムが的確に機能している証拠でもあった。
遠くからは避難誘導を促す放送が何度も繰り返されている。
人の流れは混乱を極めながらも、誘導に従って一定の方向へと収束していき、広場には、いつの間にか戦闘に関わる者たちだけが取り残されていた。
静まり返り始めた空間の中心で、巨大なゴーレムが鈍重ながらも圧倒的な存在感を放っている。
「ラーニング機能で俺が弱点を分析する!
見たところ付近の防犯カメラはゴーレムの攻撃でイカれてしまってるみたいだっ。
このゴーレム、ダンジョンか何かから湧いてきたモンスターってことにすれば、むしろ俺たちの評判を上げるチャンスにもなるはず!」
声を張り上げながらも、悠人の視線は眼前のゴーレムから一時も離れない。
頭の奥では危機を知らせる警鐘が鳴り続けているが、同時に、この最悪な事態をどうにか前向きな形に変えようとする思考も必死に回転していた。
失敗をただ覆い隠すのではなく、意味のある結果へと無理やり変換する。
それができれば、このリリスの暴走すら決して無駄ではなくなる──
そんな、どこか危うい期待を胸の内に抱いていた。
「……っ、天野、本当におめでたいやつだなお前はっ!」
遮るように響いた零華の声は鋭く、言葉を短く切り捨てるかのようだった。
だが、その厳しい裏には、現在の戦況を正確に把握している圧倒的な冷静さが備わっている。
「──右脚部の関節!
そこに魔力が集中してる、そこを狙ってくれ!」
悠人のスキルを利用して生成されたことから、瞬時にそれは見つかった。
零華は即座に意識を切り替え、敵の急所を認識する。
ゴーレムの不可解な動き、内部を巡る魔力の流れ、そして巨体を支える重量配分。
そのすべてをわずか一瞥で捉え、最も効率的に打撃を与えられる弱点を導き出す。
「聞こえたか茜、そこに攻撃魔法を頼む!
派手に動くゴーレムに、まだ神崎を近づけさせたくないっ」
叫ぶ悠人の声は必死そのものだった。
本来ならば後衛である茜を、前線に出す判断は、今の状況下では、戦術的に合理的でも、極めて危険であることは痛いほど理解している。
だが、さっさと零華が弱点を攻撃するには必要なことであった。
「任せて!
派手に行くから、しっかりフォローお願いね!」
応じる茜の返事は力強い。
心の中に恐怖がないわけではないはずだ。
それでも、紡がれる声に迷いの色は微塵もない。
攻撃魔力を急激に展開する気配が周囲の空気をピリピリと震わせ、悠人の視界の端でまばゆい光が大きく膨らんでいく。
三人はそれぞれの葛藤を抱えながらも、同時に動いた。
それは決して、完璧に洗練された連携とは呼べない。
互いの立ち位置も、仕掛けるタイミングも、理論上の最適解からはほど遠いものだった。
それでも、互いの存在を強く意識し、歪な部分を補い合おうとする動きがそこには確かに存在している。
攻撃の瞬間に生じる隙を後方からの支援で埋め、防御の遅れをまた別の角度から補う。
その泥臭い積み重ねが、単なる個人のスタンドプレーとは違う、一つの大きな流れを生み出していく。
「見ろリリス!
排除なんて過激なことをしなくても、俺たちはこうして一緒に戦える!
恋愛とかについて考えるのは一旦やめろ!
パーティーとして、俺たちには共にいる価値があるんだっ!!」
悠人はその光景を、あえて張り上げた大きな声で、リリスに見せつけるように叫んだ。
それは論理的な説得というより、ほとんど懇願に近い。
同時に、自分自身にその可能性を言い聞かせるような叫びでもあった。
感情が激しくぶつかり合い、衝突し、それでも決裂せずに同じ戦場へと立っている。
その事実を、機械である彼女にどうしても理解してほしかった。
「……観測中」
上空から降ってきたリリスの音声は短い。
それでも、彼女が現在の状況を明確に再評価していることが伝わってくる。
直後、ゴーレムの猛烈な動きが、一瞬だけ不自然に鈍った。
ほんの一瞬の出来事。
しかし、確かにその反応が遅れる。
入力された悠人の言葉によって、彼女の命令処理にわずかな再計算が生じた証拠だった。
零華の実力。
茜が放つ勢いのある魔法攻撃。
そして全体を支える悠人の支援。
三人の立ち回りは決して洗練されてはいない。
だが、そこには明確な勝利への意志があり、互いを信頼しようとする人間らしい感情が含まれていた。
それはリリスのシステムでは数値化できない要素であり、最適解の計算から完全に外れた“不確定要因”に他ならない。
それでも、現実として確かに強力な連携関係がそこに構築されていた。
「クソ、ダメだ、完全に止まらないっ。
このゴーレム、デカすぎるっ」
悠人の焦燥が隠しきれず声に滲み出る。
攻撃は成功し、ゴーレムの挙動は一瞬鈍ったとはいえ、完全に停止したわけではない。
内部を駆動させる魔力の流れは依然として強く、暴走の勢いを完全に抑え込むには至っていなかった。
「こっちよポンコツAI!!
私が邪魔なんでしょ!
文句があるなら排除してみなさいよ!!」
その膠着状態を見かねて、零華が果敢に叫んだ。
吐き出された挑発的な言葉とは裏腹に、その鋭い行動には明確な戦術的意図が込められている。
自分が身を挺して囮になるという捨て身の選択。
ゴーレムの注意を一身に引き付け、他の仲間から引き離そうと試みる。
リリスが零華の方を捉えて重い一歩を踏み出した瞬間、零華は素早く踵を返し、元来た茂みの道へと全力で走り出した。




