第47話 老巨の街道ー4
二人と一体──
悠人、茜、リリスは、通路の奥へと吹き飛ばされた。
人工のものと思われる通路の奥へと、否応もなく侵入してしまう形となる。
「う……ぐ──
みんな、大丈夫かっ!」
戦闘音が今も悠人たちの眼前で鳴り響いていた。
あたりに舞う煙によって、その光景をはっきりと見ることはできない。
だが、零華一人が戦闘を続けているのは確かだった。
「俺たちも加勢しないとっ──」
悠人は茜たちの無事を確認すると、もう一度生成の準備に入る。
(今度こそ役に立ってやる。
もう神崎の足手纏いにはならないっ)
悠人の脳裏には、自分を庇った神崎零華の姿が蘇っていた。
力を奪われ、無様にもがく自分。
そのどうしようもない自分を庇い、血を垂れ流す、彼女の姿が──
「っ──!?」
悠人がその手に意識を集中させようとすると、ラーニングスキルが警告を発する。
「伏せろみんなっ──」
煙の向こうから火の玉が飛んできた。
慌てて立ち上がろうとしていたリリスと茜が伏せる。
火の玉は二人と一体の上を通り抜けて、そのまま通路奥の壁へと衝突した。
「くそっ──
神崎よりは劣るが、なんて魔力量なんだ。
これがB級探索者なのか……?
それにしては火力が高すぎるような──」
「マスター、あれを見てください」
「え?」
悠人が攻撃に気を取られている中、リリスは、破壊された壁を指差した。
壁が粉砕されており、その奥には暗闇が広がっている。
未知の“空間”が視界に飛び込んできた。
「──先ほど言っていた未登録の空間です。
あの奥に宝箱がたくさんあります!」
リリスは珍しく高揚しているようであった。
「ま、待てリリス!」
「先に調査するだけです。
マスターは気をつけて戦闘に加わってください。
マスターの力なら、すぐに無力化できるはずです」
「ちょ──
待てってリリス!」
リリスはそのまま現れた空間へ向かって走り出していってしまった。
茜は視線を悠人とリリスに交互に向け、あたふたしている。
どうすればいいのかわからず、混乱しているようだった。
「くそ──
“概念生成”っ!」
悠人は意識を切り替え、早急に戦闘を終わらせることに決める。
“概念の槍”を生成し、煙の中へと突っ込んでいった。
「茜、バックアップ頼む。
俺か零華が負傷したら、その時は魔法で援護してくれっ」
「わ、わかった!」
「うおおおおっ──」
悠人は目に見えない槍を構えて、煙の中を身を屈めながら走り続ける。
剣戟の音が鳴り止むことがなく続いていた。
様々な衝撃や、叫び声、雄叫びが激しく鳴り響いている。
「チッ──
なんだこいつ!?
はえぇ──
本当にA級探索者なのか……!?」
吉田は、十人の探索者を相手に一撃も受けることなく戦闘を続ける、神崎零華に圧倒されていた。
一体、また一体、味方が無力化されていく。
「吉田っ──」
「あぁ、わかってるッ」
零華に先ほどから狙われ続けている斎藤のフォローに吉田は回っていた。
斎藤は近距離も対応できる実力を持つ、魔法スキルの持ち主だ。
しかし、そんな彼女でも、今は吉田という近距離特化の探索者の護衛を必要としていた。
吉田が斎藤の護衛に気を取られている隙に、また一人味方がやられたようだ。
煙が漂い、うまく状況が把握できない中で、また一人、誰かの悲鳴が一瞬だけ鳴り響いた。
「吉田っ!
とりあえず煙を払えっ!
私の魔法で煙を払おうとすると、味方を巻き込んでしまうっ」
「おう、わかった!」
吉田が剣を振り上げ、煙を吹き飛ばそうとしたその瞬間、煙の中から、見慣れない人影が、飛び出してくる。
「お前は──
天野悠人!?」
「くらえっ」
味方かどうか判断がつかず、動作が遅れた吉田に、悠人の放った“概念の槍”が突き刺さる。
胴体にもろにそれは突き刺さった。
「は、ははっ──
なんだくだらない。
何も持ってないじゃないか。」
斎藤はその様子を見て鼻で笑った。
確かにそれは、物理的な形を持た図、肉体に損傷を与えない。
しかし、人間の“精神”──
魂そのものに、直接影響を与える。
「……う──
ぁあ──」
「……吉田?」
吉田は剣を振り上げたまま、硬直していた。
その瞳は、悠人のことを捉えていない。
「どうしたんだ吉田!
さっさとそのガキを殺せっ!
見せしめにちょうどいいっ」
「あ、ぁあ──
ああああああああああっ!!!」
吉田は握っていた剣を地面に落とし、頭を抱えて発狂を始めた。
斎藤はその様子を見て、今まで感じたことのない未知の恐怖に襲われる。
「な、なんだ──
何をしたっ──!!」
慌てて魔法陣を展開し、目の前の少年を即座に焼き払おうとする。
だが、別の殺気が自分の元へと迫ってくるのを斎藤は感じていた。
「させないっ」
「チッ──
鬱陶しいのよあなたっ」
神崎零華だった。
手に握るその刀には、びっしりと血液が付着している。
「スキル発動ッ──」
斎藤は観念して、杖先を地面に叩きつけ、巨大な魔法陣を出現させた。
できれば使いたくなかったスキルを、この場で発動させる。
とにかく一旦退却するために。
「っ──!?
悠人っ!」
零華は慌てて、方向を転換し、悠人の前へと走った。
間もなくしてとてつもない突風が、通路へと流れ込む。
「ぅぉおおおおおっ!?」
悠人は零華ともみくちゃになりながら、通路奥へと吹き飛ばされていった。
「きゃっ」
途中で後ろに控えていた茜とも衝突し、三人一緒に通路奥へと吹き飛ばされる。
気づけば三人は、通路奥の壊れた壁の奥に広がる、例の”空間”の中にいた。
壊れた壁からは、撤退していくミーネスの探索者たちの姿が見える。
「待ちやがれっ──」
「いや、追撃はやめときなさい、悠人」
追いかけようとする悠人の襟を零華は掴む。
「もう十分“見せしめ“を行えたわ。
4人斬った。
それに、一人、あなたの攻撃を喰らったみたいね。
大打撃よ。
一旦落ち着きなさい」
「──そうだな……」
悠人は荒くなった呼吸を整える。
「わぁ……
みんな、見てよこれ──」
茜の声を聞いて、零華と悠人は振り返った。
未登録の空間──
そこは、これまでのダンジョンとはまるで異なる世界だった。
整然と並ぶ装置群、宙に浮かぶ半透明のスクリーン、中央に鎮座する巨大な装置──
無機質でありながら圧倒的な存在感を放つ光景は、息を呑むほどに整然としている。
これまで以上に人の手によって作られたことが明らかな空間だった。
「なんなんだよこれ──
研究施設……?」
悠人は思わず呟いた。
胸の奥に小さな震えが走る。
これまで通過してきた通路の不自然さ、直線的な角度、金属の継ぎ目の存在、隠蔽処理された空間……
すべてがこの扉に向かって繋がっていたようだ。
「よくわからないけど……
なんかすごい……!」
茜の口は開いたまま塞がっていなかった。
未知の装置と情報の洪水に、驚きと好奇心、そして一抹の緊張が混じり合う。
不用意に動くことなく、装置群を注意深く観察し続けていた。
零華は血のべっとりと付着した刀を布切れできれいに拭う。
それを速やかに鞘へと収めた後、しばらく動かなかった。
彼女の鋭い目は全体の構造と微細な異常を同時に追い、異変や罠の存在を探ろうとしている。
手はいつでも刀を抜ける位置にあり、その姿勢は緊張と柔軟性を兼ね備えていた。
「保存状態は良好。
ここは、”高度情報保管施設”と推測されます」
リリスがはっきりと断言する。
声は冷静そのものだった。
解析は瞬時に行われ、情報の精度や保存状況を正確に報告する。
高度情報保管施設──
情報の価値と危険性が同時に示され、空間全体に新たな緊張を生んだ。
「情報の"宝箱"です、マスター」
「……なるほど、”宝箱”って、そういうことか。
確かに、ラーニングスキルもある俺にとっては、宝の山だな」
悠人は改めてあたりを見回す。
とても綺麗だった。
蜘蛛の巣が張っているわけでも、埃が降り積もっているわけでもない。
空気は澄んでいて、つい最近まで使用されていたかのようであった。
というより、現在進行形で使用されている施設で、今はたまたま人がいない──
そんな雰囲気を醸し出している。
「……とにかく、あまりいじらない方が良さそうね。
モンスターの気配も、人気もないけど、何が起こるかわからないわ」
零華の言葉と同時に、悠人と茜も自然と足を止める。
目視による周囲の観察を始めた。
足元に敷かれた金属の床、壁に沿ったケーブルの配置、宙に浮かぶスクリーンの微細な光──
どれも整然としているが、無機質な冷たさの中に緊張感を孕んでいる。
「本当に、なんなんだろう、ここ」
そんな中、リリスは一人、ぶらぶらと歩きながら解析を続けていた。
「おい、リリス。
危ないから一旦こっちに来て──」
「保存データの主成分は……
感情パターン、心理反応───
対人関係ログ」
リリスの発する言葉の数々に、悠人の胸が跳ねた。
思わず口をつぐむ。
「感情パターン、心理反応……
対人関係ログ?」
心臓が大きく鼓動していた。
これまでの探索や戦闘では扱ったことのない概念が目の前に現れている。
「人間の”心”のデータが保管されているようです、マスター」
頭の中で情報がぐるぐると回っていた。
これは単なる情報保管施設ではない。
過去の意思や思考、”心”の動きを記録したデータが存在しているようだ。
悠人の胸の奥で、わずかな不安と興奮が交錯する。




