第46話 老巨の街道ー3
自分たち以外にも、この場所に到達した探索者は、多数存在しているようだ。
「ほら、ここに足跡があるだろ?」
「あぁ───」
「……どうした?」
「──その、ダンジョンについての基本の情報は、全部リリス任せにしてあるんだ。」
「え?」
茜は固まる。
「……貴様──」
零華が呆れたような目で悠人を見つめていた。
「そんなゴミを見る目で見ないでくれよ……
べ、別にサボってたわけじゃなくて、”概念”の生成について、いろいろ確かめていたんだ。
神崎も家で見ていただろ?
刺客を返り討ちにしても物理生成能力自体は今も使えないままだからさ、ちゃんと練習しておく必要があったのは事実なんだし──」
「──もういい、聞き苦しいわ。」
零華はその後リリスの方を向いた。
「……リリス、コイツに影で変なことされたり、何か色々押し付けられてないだろうな?」
「おい!」
「ないですよ。
マスターは優しいです。」
リリスはケロリとした表情でそう答えた。
悠人は胸の内に何か温かいものが広がっていくのを感じる。
「リリス……」
「問題があるのはあなたの頭の方ですよ、神崎零華さん。」
「はぁ?」
「ちょ──
リリス!?」
「まぁまぁ落ち着いて神崎さん。
悠人も。」
茜が慣れたような動作でリリスに詰め寄ろうとする零華を抑える。
あたふたしている間に、リリスはそのまま涼しい顔で、先を進んでいってしまった。
「リリスちゃんも、言葉が強いから、そこのあたり気をつけてね。」
「──おや?」
茜の声には一切反応せず、リリスは進んでいた。
だが、別の要因によって、その足を止める。
リリスの体が硬直し、一点に釘付けとなっていた。
「……なんだ?
どうかしたのか、リリス。」
「この先に、未登録の空間があります、マスター。」
「──何?」
突如リリスが発した言葉に皆の表情が固まる。
リリスは無表情のまま、微動だにしない。
視線は通路の奥へと向いていた。
「本当か!」
「───何ですって?」
リリスは言葉をそれ以上発さない。
分析を続けているようだ。
何か異常を検知した瞬間であることを、歩みを止めたリリスの背中が雄弁に物語っている。
歩調が自然に止まり、三人の間に静寂が訪れた。
「み、未登録……」
悠人はボソリとこぼす。
隠し宝箱というくらいだから、もっと小さな発見なのかと思っていたが、思ったよりそのスケールは大きいようだ。
宝箱が複数あるとリリスが訂正したことも、その直感をさらに強固なものにしていく。
データに存在しない想定外の空間──
それは単なる迷路や罠以上の意味を持っていた。
胸の奥で微かなざわめきが走る。
同時に、探索者としての興奮ももたらしていた。
「既存のダンジョンデータ、探索記録、地形情報のいずれにも一致しません。
隠蔽処理が施されています」
リリスの説明は簡潔で無表情だが、その内容は非常に重大なものだった。
隠蔽処理──
つまり、誰かの手によって意図的にその空間が見えなくされているのだ。
ここは人工で作られた空間というだけではない。
意図的に隠された領域まで存在している。
リリスの分析が間違っている可能性もあった。
だが、もし合っているのならばそれは他の探索者が見つけることのできなかった異常な場所へ足を踏み入れることを意味している。
このダンジョンは、明らかに通常のものとは異なっていた。
三人は無言で顔を見合わせる。
このまま探索を続けるべきか、否か。
「も〜、やっと追いついたよ〜」
「やれやれ。
すごい速度で攻略を進めていくから驚いたぜ全く。」
聞き慣れない声と、唐突に存在感をあらわにした魔力による“圧“。
悠人たちは瞬時に声のする方向──
自分たちの後方を振り返った。
無数の人間が、こちらに歩いてくる。
さまざまな武器をそれぞれ持っていた。
探索者で間違いないだろう。
「十人いるわ。」
零華がボソリと呟いた。
悠人はラーニングスキルを起動させる。
(……なるほど──)
神崎零華をラーニングした時とは異なり、対象の装備の情報や、肉体の動き、魔力の流れなどのデータが頭の中に流れ込んできていた。
しかし、情報量が多い。
悠人はこの探索者が、神崎以下、B級以上の存在であることを悟った。
冷たい汗が、頬を伝っていく。
彼らが近づいてくるたびに、彼らの衣服に描かれたその紋章が徐々に明らかになっていった。
著名ギルド・ミーネスのものだ。
というより、彼らは意図的に見せつけている。
威嚇のつもりだろうか。
(くそ、なんだよ──
またか……)
彼らの様子からして、間違えてこのダンジョンに入ったという可能性は低い。
滲み出る傲慢な態度から見ても、以前悠人のことを襲撃してきたあの探索者と同じであった。
「止まりなさい。
このダンジョンは私たちが予約しているわ。
何の用。
さっさと出ていきなさい。」
悠人が無言でこれから起こる最悪の事態を想像する中、零華は臆せず警告を放った。
「これはこれは。
どうも、神崎零華さん──いや、ちゃん。
お会いできて嬉しいよ。」
集団の先頭に立つ女──
”斎藤”が、優しく微笑んだ。
その手には自分の背丈よりも一回り小さい程度の長さを持つ、派手な装飾が施された杖が握られている。
「彼女は確か──
ミーネスのA級探索者、斎藤明日香さんだよ!」
茜は一人、興奮を隠せずにいた。
悠人と零華とは異なり、いまいち状況が飲み込めていないようだ。
「……悠人?」
目の前の集団から目を背けず、冷や汗を流す悠人を見て、茜はようやく事態の深刻さをなんとなく感じ取る。
すでに逃げ道は封じられていた。
彼らを素通りするしか、このダンジョンから出る術はない。
「単刀直入に言おう。
まず、”内藤”を殺したのは君たちで間違いないかい?」
「内藤──
さん……?
内藤さんて、あの内藤さんですか?」
茜は一歩前に出て斎藤と話を始める。
「あぁ、そうだ。
きみにしつこく付き纏っていた、あの内藤だ。」
「私は知りませんよ。
本当です。
……というか、どうしたんですか皆さん。
その、気づくの遅れちゃったんですけど、只野区支部のみなさんですよね……?」
「早乙女茜、下がってなさい。」
零華は茜の袖を引っ張って、自分よりも後ろの位置へ引き戻す。
リリスは一言も発さず、悠人たちの中で一番後方に立って、興味深く分析をしていた。
「──あなたたちに話せることは何もないわ。
内藤とかなんとか知らないけど、さっさと消えなさい。
規約違反よ。」
零華は刀に手をかけながら警告する。
殺気があたりに漂い始めていた。
茜は思わず一歩下がる。
悠人は“概念の槍”の生成準備を始めた。
「……そんなに警戒しないでよ。
私たちの用件は一つ。
ミーネスに入りなさい、早乙女茜、神崎零華。
他の二人──
特に後ろにいる幼女の存在は初めて知ったけれど、大した戦力にならなさそうだからどうでもいいわ。
スカウトよ、スカウト。
ほら、ここにサインして。
この場で。」
斎藤がそう言って指をパチンと鳴らすと、後ろに立っていたガタイの良いけむくじゃらの男──
”吉田”が、契約書と思われる紙を二枚、ひらりと悠人たちの方へ飛ばした。
その後ペンを投げる。
投げられたペンは勢いよくダンジョンの床へと突き刺さった。
「ほら、早くしなさい。」
「ずいぶん突然なのね。」
「そうだぜ。」
「──なんなんだよお前ら。」
「あなたは黙ってなさい、天野悠人っ」
先ほどとまるで異なる剣幕で、斎藤は悠人に叫ぶ。
思わず悠人はたじろぎ、一歩片足を引いた。
「──その前に一ついい?」
「何かしら?」
零華は相変わらず、直立不動で冷静だった。
「ここについて、あなたたちは何か知ってるの?」
零華は親指で、自分たちの後ろにある、人工にしか見えない通路を指した。
不気味な光が、今も天井から放たれている。
「──は?
知らないわよ、こんなとこ。
大体、私たちはC級ダンジョンのことなんて、いちいち把握しているわけないじゃない。
私たちがいつも攻略するのは、B級以上のダンジョンよ。」
「あぁ、そう。」
零華が瞬時に刀に手をかけ、踏み込む。
刹那の瞬間。
次には零華がミーネスの一人の首を刎ね飛ばすようなその瞬間に、その場にいたミーネス全員はすでに戦闘体制に入っていた。
あるものは剣を構え、先頭に立つ斎藤は杖を構えて、即座に魔法陣を展開する。
──さすがプロの探索者集団だ。
悠人は目の前の目まぐるしく移り変わってゆく光景に圧倒されていた。
圧倒されながらも、即座に始まった戦闘に備え、遅れて体を構えようとする。
茜も慌てて身構えようとした。
だがすでにその時には戦闘の火蓋が切って落とされている。
ダンジョンを揺るがす衝撃波が、悠人たち二人と、リリスを襲った。




