第45話 老巨の街道ー2
「──まって。ここで一旦休みましょう」
先に進もうとする一行を、零華が鋭く呼び止める。
「──そうだな。
ダンジョンに入ってからかなり時間が経ったし、ここで一旦休憩しといたほうがいい」
「さすが神崎さん。
宝箱に目が眩んで、危うく無理してでも進んじゃうところだったよ。
やっぱりA級探索者は格が違うね」
茜が感嘆の声を漏らす。
「……うるさい。
当然のことを言ったまでよ」
零華は人間二人から向けられる尊敬の眼差しにたじろぎ、すぐに視線を背けた。
その後、三人と一体は、付近の適当な場所に腰を下ろして少し休憩することにする。
空間の静けさが、戦闘後の緊張を心地よく和らげていく。ここは思考を整理するのにも最適な場を提供していた。
各自で武器を整え、水分を補給し、乱れた呼吸を落ち着かせる。
「──ダメだ。
やっぱりできないな」
悠人は先ほど撃破したロックスネークから切り取った素材を手に取り、物理生成を試みていた。
しかし、やはり物理的なものは思うように生成することができない。
「ねえリリスちゃん、確認したいことがあるんだけど……」
そんな中、茜がポツリとリリスに向けて声をかける。
「なんですか?
早乙女茜さん」
「さっきの攻撃、私の魔法でも対応できたんじゃないかなって──」
通路に落ちた松明の影が、微かに視界の端で揺らめいた。
「は?
あの位置からじゃ詠唱が間に合わないでしょ。
でしゃばらないでよ」
零華が食い気味に口を挟む。
声音は非常に鋭く、議論の余地などないと感じさせる即断即決の態度だった。
「……なんです、神崎さん」
「なんでもないわよ」
零華はそれ以上言葉を続けない。
(……一緒に過ごしてみてなんとなくわかったけど、やっぱり神崎のやつ、人付き合いが苦手というか、そこまで多くの人間と関わってきてないみたいだな──)
悠人は零華にも拙い側面があることを察する。
これ以上の衝突を防ぐため、慌てて二人を止めに入った。
「落ち着けって、二人とも。
初めてのパーティでの攻略なんだから、まだ色々と不完全な部分はあるさ」
「……感情で判断するのは危険よ。
リリスのデータに従いなさい、早乙女茜」
「なぁに、神崎さん、さっきまでと言ってることが違う気がするのだけど。
信じすぎは危険て言ってたよね?」
零華の言葉は無駄に鋭く響く。
その声の残響が、通路の壁に反射し、心理的圧力として全員に届いていった。
「まあまあ、二人とも助かってるんだからさ」
悠人は強引に会話を中断させる。
これ以上こじれれば、攻略そのものに致命的な支障が出るだろう。
それは悠人なりの必死の仲裁だった。
悠人自身、思えば長い間人とろくに会話をしてこなかったので、最善策はよく思いつかない。
「……興味深い。
マスターを中心に、感情的対立が発生しています」
静かな声での分析が響く。
リリスはあくまで事実のみを報告していた。
人間たちが殺気立つ中、その様子を、彼女は無言で淡々と観測している。
「リリス、こんなのまで分析しなくていいぞ。」
今欲しいのは冷徹な分析の報告ではなく、場を和ませる何かだ。
悠人は思わず頭を抱える。
「──そうだ、リリス、何かいい案はないか?」
悠人が助けを求める中、零華はそっぽを向き、茜はむっと頬を膨らませる。
どちらも引く気はない。
だが、この不毛な言い合いをこれ以上続けるつもりもない様子だった。
「喧嘩するほど仲がいいといいます、マスター。
むしろこの状態をさらに悪化させてみてはいかがですか?」
「するわけないだろ!」
リリスの提案は悠人の予想を遥かに超えるものだった。
もちろん、悪い意味で。
「……とにかく、休憩はここまでにしよう。
さ、仲直りだ、
神崎、茜。
俺たち、パーティなんだからさ」
「……ふん」
「……ま、まあ、パーティ組みたてだし、これからだよね!」
茜は勢いよく立ち上がると、無理やり口角を上げ、明るく悠人に応える。
その笑顔はいつもの茜とは思えないほど、ぎこちないものだった。
零華も小さくため息をついた後に立ち上がる。
「悪かったわ、早乙女茜」
二人はその後、無言で顔を見合わせると、短く実直な握手を交わした。
「こっちこそ、ムキになっちゃってごめん」
少し引き攣った笑顔を二人とも浮かべる。
その後、二人は気持ちを切り替えるように、視線をまっすぐ前方へ戻した。
「……続けましょう。
目的は攻略よ」
零華は短く、端的に告げる。
「そ、そうだな。
よし、出発!
みんなもっと笑っていこう!
わはははは!」
「は?
いいからさっさと行くわよ」
「……」
「あはは……」
零華は一切笑わない。茜はただ苦笑いを浮かべていた。
「にーーーーー。
どうですマスター、可愛く笑えていますか」
場の硬い雰囲気を壊すかのように、リリスは逆に無機質な笑みを浮かべ、悠人に見せつけた。
「……あ、あぁ!
目が怖いが、いい笑顔だぞ、リリス」
悠人は零華と茜の方を改めて見る。
二人とも険悪な雰囲気のままであったが、攻略に向けて意識を切り替えていることに間違いはなかった。
完全に問題が解決したわけではない。
だが、とにかく進むことに決める。
再び悠人たち四人はダンジョンの奥へと歩き出した。
(うまくいってる……よな?)
足音が通路に響き、先ほどまでの刺々しい空気が徐々に薄れていく。
前方に注意を払いながら、悠人は心の中で呟いた。
効率も成果も、今までのソロ活動とは比べ物にならない。
戦闘は最小限に抑えられ、消耗も極めて少ない。
結果だけを見れば、これ以上ない理想的な状態。
だが同時に、どこか小さな違和感も胸の中に芽生え始めていた。
言葉にできないかすかな不安。
それは決して、今すぐ崩壊を招くような大きな問題ではない。
だが、完全に無視できるほど小さくもない。
感情を持たない高性能なAI。
感情で激しくぶつかり合う仲間たち。
その中心に立つ、中途半端で未熟な自分。
すべてを一つにまとめるには、まだ圧倒的に実力が足りない。
そう自覚するたび、胸の奥がわずかに重くなる。
「マスター。
次のエリアに進めば、宝箱が存在する空間が見えてきます」
そんな悠人の思考を破るように、リリスは静かに口を開いた。
相変わらず淡々とした声。
だが、その言葉は確実に一行の前進を促している。
「ああ……
頼む」
悠人は短く答え、しっかりと前を見据えた。
迷いはある。
不安もある。
それでも、進まなければ何も始まらない。
悠人たちの新しいパーティは、不安定ながらも、本格的に動き出し始めていたのだった。
◇
「──なんだ……?」
ダンジョンのさらに奥へ進むにつれ、周囲の雰囲気は明らかに変わりつつあった。
通路を取り囲む壁は、これまで見慣れた粗い岩肌のままに見えている。
しかし、次第に角度が鋭くなり、直線的すぎる形状を帯び始める。
視覚的な違和感は微細だが確実で、目に入るすべてのラインが、自然の偶然では生まれ得ない規則性を帯び始めていた。
歩を進める足元の石畳も、以前は多少の凹凸や摩耗が見られたが、奥に進むにつれ完全に均一化され、固く冷たい感触が足裏に伝わり始める。
わずかに響く足音は、岩の中で反響する鈍い音ではなく、硬質で乾いた金属的な響きを含んでいた。
「これは……!?」
三人と一体の目の前には、極めて異質な“室内”の光景が広がっていた。
もはや洞窟の中ではない。
人間が作った、近代的な施設の通路が目の前に広がっている。
空間が丸ごと切り取られ、別の場所へと挿げ替えられたかのようだ。
「……何ここ。
ダンジョンっていうより──
なんか、”建物の中”みたいじゃない?」
「あぁ、そうだな」
茜の声には、驚きと強い警戒が混じる。
悠人はラーニングスキルを起動させた。
その目に映る光景は、幻想ではやはりないようだ。
「ねぇ悠人。
あまりむやみに触らないほうがいいんじゃないの」
「スキルが大丈夫って言ってるみたいだし、少しだけ──」
腕を伸ばし、恐る恐る壁を指で軽く叩く。
すると、岩の反響音とは明らかに異なる、乾いた金属音が返ってきた。
反響する音の鋭さと響きの長さが、直感的にもこの空間が人工的であることを示している。
「──さっき言ってた宝箱はこの空間にあるの?
リリスちゃん」
「──情報を更新しました。
宝箱はたくさんあるようです」
「……え?」
リリスの発言に、その場の人間たちは一斉に固まる。
「どういうことなの」
「それはまだわかりません。
しばらくここを調べてみましょう」
悠人と茜はその言葉を聞いて、終始不安げな表情を浮かべていた。
「爆弾とか、罠とかある可能性もあるんだし、ここは一旦ギルドに戻って報告してみるか?
地図にはこの道自体は記載されているけど、なんか変だぜ」
「それもそうだね。リリスちゃんと神崎さんはどう思──」
「”人工構造物”ね」
零華が静かに断言する。
その視線は奥に進む通路へと滑り、壁や床の微細な変化を漏れなく確認していた。
リリスとは異なる彼女自身の基準で、丁寧な”分析”を行っている。
「天野、この場所について、ギルドの探索記録に何か記されていたか?
地図じゃなくて、ギルドの探索記録だ。
そこにはもっと詳細に、ダンジョンに立ち入ったことのある探索者による詳細な情報が書かれているはず。見た感じ、少なくとも複数の探索者はこの区域に到達しているように見える」
零華は悠人に床を見るように促す。
そこには、無数の人間と思われる足跡が不気味に残っていた。




